旅の足跡
tabitoの旅の足跡を残していきます。
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Author:tabito
国内旅行業務取扱主任者、一般旅行業務取扱主任者の資格を取得。全国47都道府県、世界約30ヶ国を旅する。日本の鉄道全線踏破を目標としているが、相次ぐ新線開業に加え、多忙につき足踏み状態。



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大岩山♪
大岩南参道① 大岩南参道② 大岩展望所

 通勤途上、山科川の河畔からいつも眺めている大岩山。遠くから眺めている限りでは緑の多い場所であるが、かつては大量の産業廃棄物が不法投棄されたり、違法な開発が行われるなど環境破壊の著しい場所であった。しかし、1996年から京都市が指導を開始し、大岩山に捨てられていた産業廃棄物も地元住民の協力もあって、すべて撤去された。また、2010年3月には京都盆地を見渡すことができる大岩展望所が開設されたという。2月であるが小春日和になった土曜日の午後に大岩山に登ってみた。

 今回は大山岩の南側から山頂を目指す。京都老人ホームの近くから続く南参道は竹藪に覆われて、嵐山の竹林の道を連想させる。しかし、竹藪を抜けたところには、産業廃棄物の処理場であったり、かつて違法な野焼きが行われていたと思われる場所が目につく。時折、トラックが行き来するので手軽な散歩道としては紹介しにくい。しばらく坂道を登っていくと、左手に「大岩ゴルフ」という打ち放し場があった。広い駐車場が整備されているが、利用者は誰もいない。ここまで車で乗り入れるのもためらわれるような道路なのだから当然であろう。

 打ち放し場のフィールドが途切れた先にはNTTの無線施設があり、この辺りが山頂付近のようだ。昨年3月に開設されたという大岩展望所もこの場所にある。先客は自転車ツーリングの2人組で、ここまで自転車で登って来るとは恐れ入る。展望所からは京都市の南部が一望できたが、あいにく西日に照らされて霞んでしまう。大岩山へ来るのであれば午前中をお勧めする。展望所の解説板は、小野小町に会うために深草少将が大岩山を越えて百夜通いをしたことや山崎の戦いで敗れた明智光秀が大岩山を越えて敗走してことを伝えている。

大岩神社① 大岩神社② 大岩無線中継所

 大岩展望所から続く遊歩道を下っていくと、大岩神社にたどり着いた。総称して大岩神社と呼ばれているが、実際には大岩神社と小岩神社の2つの神社がある。男女二人の神がそれぞれが重い病気にかかった際に、互いの献身的な看病によって病を治したことから、土地の者がその徳を称えて神社を造り、「大岩」を男性の神、「小岩」を女性の神として祀ったという。御利益はやはり病の治癒らしい。拝殿の正面にはいくつもの提灯が吊るされている。隣に社務所らしき建物があるのだが、廃墟のようになっている。神饌料400円、祈祷料500円・800円と掲げられており、季節によっては神主がやって来るのだろうか。

 展望所に戻ると産業廃棄物の不法投棄の巡視を行っている職員を見掛けた。不法投棄をするなら昼間よりも夜間であろうが、こんなところに車であっても夜間にやって来るのは勇気が要りそうだ。帰りは北参道から下山することも考えたが、自宅から離れてしまうので、今回は南参道を引き返して、初めての大岩山訪問を終えた。

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ふれあい石仏の里♪
ふれあい石像の里① ふれあい石像の里② ふれあい石像の里③

 「おおざわの石仏の森」から神通川に沿って更に楡原方面へ進む。県道188号線の道幅は狭くなり、雑木林からザザザッと獣が移動する音がして、思わず身構えてしまう。この辺りはイノシシが出るのだろうか。そう言えばこの先にあるのは猪谷もイノシシに縁がある地名だ。

 幸いにもその後、イノシシにも遭遇することなく、10分も歩けば目的地の「ふれあい石仏の里」にたどり着いた。こちらにも先客はなく、管理棟らしき建物にも人の気配はない。こちらも古河睦雄氏によって創設された施設で、敷地内にはやはり中国の彫刻家である盧進橋氏の手による石像が並ぶ。「おおざわの石仏の森」には、五百羅漢尊者500体が安置されていたが、こちらにも五百羅漢尊者300体が並べられており、合わせて800体の八百羅漢像を形成している。

 特筆すべきなのは、「ふれあい石仏の里」には、八百羅漢尊者像の他に、平凡な人物像が別に420体も並んでいることだ。台座には名前が刻まれており、八百羅漢尊者像と同様に多種多様な表情をみせる。これらの石像は、古賀氏と交流のある人たちのもので、先生、知人、友人、社員、親戚などを片っ端から石像にしたとのこと。入口にある石碑には「水魚の交」と刻まれており、古河氏の人脈を重んじる姿勢には恐れ入るが、自分の石像を見た周囲の人々はどんな思いであったのだろうか。

 自分の銅像を造る人は多いが、他人の石像をここまで造る人は恐らく世界でも古賀氏ぐらいのものであろう。ちなみに、古賀氏の石像だけは、ここではなく「おおざわの石仏の森」に置かれていた。


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おおざわの石仏の森♪
おおざわの石仏の森① おおざわの石仏の森② おおざわの石仏の森③

 北陸新幹線の工事のため、仮駅舎に引っ越した富山駅の構内にある「立山そば」で「天ぷらそば」と「ぶり寿司」の朝食を済ませて、7時25分発の高山本線猪谷行き846Dに乗り込む。この区間の列車に乗るのは、実に9年半ぶりとなる。当時は猪谷から神岡鉄道が分岐しており、囲炉裏列車が走っていたものだが、神岡鉄道も4年前に廃止されてしまった。その後も高山本線には何度か足を運んでいるが、京都に住んでいるとどうしても岐阜からの利用となってしまう。

 車内は土曜日であるにもかかわらず、サラリーマンや高校生の姿が多い。もっとも、車内は立ち客が出るほどではなく、私もボックス席を一人占めできたぐらいなので、利用客の数はしれている。サラリーマンは日産化学工業の工場が立ち並ぶ速星で下車し、高校生の姿も越中八尾までにすべて消えた。2両のディーゼルカーに乗っているのは一人旅の旅行者が私を含めて3人だけだ。もしかしたら、残りの2人も私と同じ場所へ行こうとしているのではないかと勘ぐってしまう。今回の目的地はいわゆるB級観光地と呼ばれる不思議スポットなので、あまり観光客で賑わっているよりも、一人でしみじみと観光したいと考えていたので、同士が2人もいるのは少々煩わしい。そんなことを考えていたが、まったくの杞憂であった。8時10分の笹津で846Dから降り立ったのは、私だけであったのだ。

 無人駅ながら待合室も完備され、立派な装いの笹津駅を後にし、しばらく線路沿いに猪谷方面へ歩く。卒園児の似顔絵が壁面に描かれた笹津保育所の前を通り過ぎる。比較的交通量の多い越中東街道を横切り、神通川沿いにしばらく歩く。神通川に築かれた神通川第二ダムを経て、笹津駅から20分少々で目的地の「おおざわの石仏の森」に到着した。

 「おおざわの石仏の森」には、如来、菩薩、明王、天部、比丘70体、五百羅漢尊者500体の合計570体が安置されている。五百羅漢像は全国各地でも見掛けるし、特段に珍しいものではないが、「おおざわの石仏の森」は福利厚生施設であって、宗教的意義が皆無であるというのだから驚きだ。無料休憩所には「医療法人社団城南会」との看板が掲げてある。残念ながら無料休憩所の開館時間は4月1日から11月20日まで(火曜日休館)の9時30分から17時までとなっており、今年の営業は1週間前に終了したばかりであった。

 「おおざわの石仏の森」の発願者は地元の実業家である古河睦雄氏であり、私財を投げ打って570体の石像を設置したという。石像を造ったのは中国の彫刻家である盧進橋氏であり、「おおざわの石仏の森」は、富山の観光資源だけではなく、盧進橋氏の作品を広める目的もあったという。敷地内に所狭しと並んでいる五百羅漢尊者は、ユニークな格好をしたものが多い。一体ごとに「○○○○者」という具合にタイトルが示されているが、風化されていて判読は困難である。すべての石像をじっくりと眺めていては時間がいくらあっても足りないので、歩きながら石像の様子を眺める。それでも一通り眺めるのに30分以上はかかってしまった。


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葛飾柴又寅さん記念館♪
葛飾柴又寅さん記念館①  葛飾柴又寅さん記念館②

 映画「男はつらいよ」の舞台となった葛飾柴又。主演の渥美清が1996年(平成8年)8月4日に逝去したことにより、世界一の長寿シリーズは終焉を迎えたが、翌年には「葛飾柴又寅さん記念館」がオープンし、帝釈天と並んで柴又の観光スポットとなった。

 いつか訪問してみようと思いながら月日は10年以上が経過し、昨年12月5日に「葛飾柴又寅さん記念館」がリニューアルオープンしたという情報をキャッチする。せっかくなので、次回、東京へ行く機会があれば立ち寄ってみようと決意し、今回の訪問に至った次第である。

 JR常磐線の金町駅に落ち立つとあいにくの雨模様。駅前ロータリーの一角にある京成電鉄の京成金町駅から1駅で目的の柴又にたどり着くが、わずか1.5キロの区間を列車に乗るのも煩わしく、線路沿いの柴又街道を傘をさして歩く。

 しばらく歩くと左手に東京都水道局の金町浄水場が広がる。1984年(昭和59年)には、当時の厚生省に日本一まずい水道水として認定された東京の水道であったが、現在はオゾンによる高度浄水処理施設を備えて、ボトルウォーター「東京水」が発売されるまでに至っている。

 観光バスが行き交う柴又界隈は雨模様でも観光客で賑わっている。帝釈天前の商店街と通り抜け、目的の「葛飾柴又寅さん記念館」へ直行する。隣接する山本亭との共通入館券(550円)を券売機で購入。別々に購入するよりも50円安くなっている。

 主人公の車寅次郎の生い立ちを紹介したパネルに続いて、映画の舞台セットが展示されたコーナーへ。寅さんの実家の団子屋の屋号が「くるまや」になっており、あれっ?と思う。確か団子屋の屋号は「とらや」ではなかったか。調べてみると第39作までは「とらや」で、第40作以降は「くるまや」の設定になっている。実際に団子屋のモデルになったのが「高木屋」であったことから、商売敵の「とらや」を宣伝することにならないように配慮したとか、羊羹で有名な虎屋からクレームが付いたとか、様々な憶測がなされているが真相は定かではない。

 歴代の映画のポスターや柴又のミニチュア、1899年(明治36年)から1913年(大正2年)まで帝釈天の参拝客を運ぶために運行されていた帝釈天人車鉄道のミニチュアを眺めて、「葛飾柴又寅さん記念館」の見学を終える。

 隣接する山本亭は、食事や喫茶の利用がメインのようで、団体が食事中のところをのぞきに行ったような雰囲気であまりお勧めできない。裏手は江戸川で矢切りの渡しの渡船場も近かったが、あいにくの天候なのでこちらは別の機会に譲ることにしよう。

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