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Author:tabito
国内旅行業務取扱主任者、一般旅行業務取扱主任者の資格を取得。全国47都道府県、世界約30ヶ国を旅する。日本の鉄道全線踏破を目標としているが、相次ぐ新線開業に加え、多忙につき足踏み状態。



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花輪線♪
小坂駅 康楽館 小坂鉱山事務所


盛岡5:41(1925D)7:46十和田南…七滝温泉…芦名沢入口8:46(秋北バス)8:54御成町…旧小坂駅…康楽館…小坂鉱山事務所…郷土館…中前田11:19(秋北バス)11:39十和田南11:42(快速八幡平)11:50鹿角花輪…尾去沢マインパーク…鹿角花輪14:52【14:45】(1931D)15:45【15:37】大館15:50【15:40】(653D)17:12青森18:03【17:43】(特急スーパー白鳥32号)18:40【19:18】八戸19:58(はやて34号)23:08東京

 早朝に盛岡のホテルを出発し、盛岡駅のIGRいわて銀河鉄道乗り場へ向かう。東北新幹線の盛岡-八戸間の開業と同時にJR東日本は新幹線に並走する在来線を切り捨て岩手県内のレールは第三セクターのIGRいわて銀河鉄道が引き受けた。採算性がないからJR東日本は切り捨てたのであり、地元としては大きな負担を抱え込む形になり、新幹線開業の恩恵がどれだけあるのか疑わしい。

 盛岡5時41分の普通列車は、好摩からJR花輪線に入る。花輪線が事実上、盛岡-大館間で運行されている実情を考えれば、盛岡-好摩間はJR線として残しても良さそうなものであるが、盛岡市近郊の乗客を確保できなくなるのでIGRいわて銀河鉄道はいい顔をしないし、JR東日本としても不採算路線は少しでも多く切り捨てたかったのかもしれない。

 JR花輪線は数少ない未乗区間であるうえ、最近の流行であるステンレスカーではなく、旧国鉄型の重厚な車両で運行されるため風情がある。途中、小屋の畑から小学校の低学年ぐらいの子供が1人で隣のボックスに乗って来た。荷物も持っていないので、どこへ行くのか不思議に思っていたが、やがて線路沿いの国道282号線を列車に並走する乗用車を確認する。乗用車には、小学生の両親らしき人が乗っており、しきりに車内の様子を気にしている。おそらく列車に1人で乗る訓練をさせていたのだろう。子供は次の荒屋新町で降りたので、両親と合流するのであろう。

 進行方向が変わる十和田南で下車する。十和田湖の玄関口の駅でもあるが、湖畔まで30キロぐらい距離があり、およそ観光とは無縁の装いだ。これから目指すのは十和田湖ではなくて、かつて鉱山で栄えた小坂町。ところが小坂へ行くバスは1時間近く来ないため、小坂方面へぶらぶらと歩き、途中でバスを捕まえることにする。東北自動車道を左手に国道282号線を歩いていくと、やがて「毛馬内七滝温泉」の看板を発見した。温泉の情報はまったくチェックしていなかったが、バスの待ち合わせ時間を温泉で過ごせるなら好都合だ。「毛馬内七滝温泉」は国道282号線から数百メートル離れたところにあったが、地元のお客で朝からそこそこの賑わい。350円の入浴料を支払って浴場に入れば、木枠の内湯と岩の露天風呂があり風情がある。「虫や動物と仲良くしましょう」というほのぼのとした注意書きも気に入った。

 温泉近くの芦名沢入口で小坂行きの秋北バスを捕まえる。10分もしないうちに小坂町の中心街に入る。どこで降りるかは決めていなかったが、小坂鉄道の踏み切りを超えたところで降車ボタンを押す。同和鉱業小坂鉄道は、小坂-大館間を結ぶ鉄道で、1994年(平成6年)までは旅客営業も行っていた。山越えの鉄道で、地図を見ても秘境と呼ばれる山間部を走り抜ける路線であることがわかる。1度も乗ることなく廃止されてしまったが、鉄道自体は現在でも濃硫酸を運ぶ貨物専用線として顕在している。小坂駅は廃止から10年以上も経ったというのに当時の装いを残しており、その気になればいつでも再開できそうな雰囲気だ。実際に期間限定で旅客列車を運行しようとの計画が持ち上がったこともありようだが、国土交通省の許認可や秋田内陸循環鉄道からの車両の借り入れが必要になるなど問題が多いとのこと。

 次に立ち寄ったのは、日本最古の現役芝居小屋である康楽館。小坂鉱山の従業員と家族の慰安施設として立てられたもので、外観は正面屋根のアメリカ木造ゴシック建築の影響を受けた軒飾り、唐草がからんだ棟飾りなど、白亜の西洋建築である。入口では常設公園の見学も進められたが、時間の制約があるので康楽館・鉱山事務所・郷土館の3館共通券(900円)を購入する。館内は係員が案内に従って、花道や切穴(すっぽん)、回り舞台、昔ながらの桟敷席を見てまわる。まるで江戸時代にタイムスリップしたような和風芝居小屋で、楽屋には若き頃の平幹二郎(朗)、仲代達矢や東野英治郎をはじめ、これまで出演した多くの役者たちの落書きが残されていた。

 康楽館を見渡すように位置する小坂鉱山事務所は、白亜の木造3階建て、屋根の3つのドーマーウィンドー(飾り窓)と外壁に連続する三角形のペディメント(窓飾り)付き上げ下げ窓が、ルネッサンス風外観の基調となっている。正面中央のサラセン風あるいはイスラム風といわれるバルコニー付きポーチからは観光客が顔を出しては写真を撮っている。事務所内に入ると玄関ホールから3階まで突き抜けるらせん階段が見事な曲線美を描いており、事務所というよりも西洋の豪邸だ。貸し衣装もあり、白いドレスを着た若い女性が庭園で写真撮影をしていた。

 最後は小坂町の鉱山の歴史、文化を中心に豊富な資料を展示している総合博物館「郷土館」へ。十和田湖の生い立ちから小坂町の自然までをグラフ・写真・ジオラマ等で、ビジュアル的に紹介している。屋外には秩父宮、高松宮両殿下がご乗車になったという由緒あるSL貴賓車と小坂鉄道が使用していたディーゼル客車が保存されており、子供や鉄道ファンは喜びそうだ。

 中前田から秋北バスに乗り十和田南駅へ戻る。時刻表通りであれば11時39分に十和田南駅に到着し、3分の接続で「快速八幡平」に乗り継げるはずなのだが、バスは遅れてやって来たうえ、一向に遅れを取り戻す気配はない。十和田南駅前に到着したのは「快速八幡平」の発車1分前で、改札口を駆け抜けると駅員が驚いたように「乗るの?」と尋ねる。数少ないバスからの乗り継ぎ客の有無くらい確認してもよさそうなものだが、バスと鉄道はまったく連携をとっていないようで困ったものだ。こんなことをしていれば、鉄道離れ、バス離れを加速するだけである。

 鹿角花輪駅前のコインロッカーに荷物を預けて尾去沢マインランドを目指す。1200年の歴史を誇った尾去沢鉱山のうち全長1.7キロを「鉱山歴史の坑道」と称する観光坑道として公開しているのだ。鹿角花輪駅からはバス路線があるものの1日2往復で使いものにならない。6キロぐらいあるが時間があるので歩いて行く。尾去沢の集落を抜けると寂しい山道で心細くなるものの、マインランドへ向かうと思しき自動車は頻繁に通るので心強い。

 1時間少々でたどり着いた尾去沢マインランドは、広大な駐車場に自動車がズラリと並んでおり想像以上の施設である。とにかく滝のように流れる汗を抑えたいので、鉱山歴史の坑道とシューティング・アドベンチャーの共通券(1,800円)を購入して、坑道に逃げ込む。坑道内の気温は12度前後なので上着を持参するように注意書きがあるが、少なくとも今の私には不要である。

 入口ではマグシーバー(携帯用説明機)を渡され、説明に従って坑道内を歩いていく。坑道内は約900万年前の地殻が露出している様子や鉱山の採掘の様子が再現され、自然の尊さや産業の歴史に触れることができる。単なる坑道というよりも、坑道を利用した博物館と考えた方がよさそうだ。30分ぐらいで1周することができるが、天然クーラーが終わってしまうと思うと名残惜しい。

 もうひとつのシューティング・アドベンチャーは、カートに乗って移動しながら次々と現われる標的を射撃して回るシューティングゲーム。これだけなら面白味はないのだが、坑道を利用して1周20分800メートルのコースを作ってしまうのだから恐れ入る。レーザーガンを持っていざ出陣したが、途中で引き金を引くのに疲れて成績は散々であった。

 帰りは下り坂だからと思っていたが、意外に時間がかかり、だんだんと花輪線の発車時刻となる14時45分が近づいて来る。最後はガムシャラになって走り、コインロッカーに荷物を回収してホームに駆け込む。ところが、発車時刻になっても列車は現われない。乗客がまだホームに残っているので乗り遅れたわけでもあるまい。時間を間違えたのかと時刻表を確認しようとしたら、まもなく7分遅れとのアナウンスがあり、そのままホームに座り込んでしまった。

 7分遅れの花輪線の普通列車は非冷房車両。マインランド尾去沢から走ってきた汗を止めるため、窓を全開にしていると、沿線の木々で怪我をする可能性があるので気を付けるようにとアナウンスがある。列車は停車時間を切り詰めて回復運転を図るためか、停車する度に「すぐの発車になります」と車掌が叫ぶ。それでも遅れは一向に回復せず、遅れを持ち越したまま奥羽本線を跨いで大館に到着。接続待ちをしていた青森行き普通列車に乗り込み、ロングシートに腰掛けるとすぐに眠ってしまった。

 気が付けば青森到着前で、大館で接続待ちのため10分遅れていたはずの列車は定刻に戻っていた。青森からは「スーパー白鳥32号」と「はやて32号」の乗り継ぎで家路につく予定であった。ところが、発車時刻が近くにホームへ移動すると、海峡線内の人身事故で「スーパー白鳥32号」は遅れるとのアナウンスがある。具体的に何分程度遅れるのかがはっきりしないのでホームで待ちぼうけ。やがて、「スーパー白鳥32号」が入線してきたが、函館始発なのに乗客がいない。聞けば車両運用の都合で、函館発の「スーパー白鳥32号」は青森で運転を打ち切り、青森からは別編成の「スーパー白鳥32号」を運行するという。しかも、函館からの乗客に配慮するため、青森からの乗客は、函館からの乗客が乗り込んだ後でなければ乗車できないという。自由席客ならまだしも指定席客なら問題ないようにも思うが、荷物の置き場などいろいろ文句を言う人がいるのであろう。

 青森を20分遅れで「スーパー白鳥32号」は発車した。気になるのは八戸で乗り継ぐ「はやて32号」であるが、車掌は仕切りに「はやて32号」は接続待ちをするとアナウンスする。八戸駅周辺の様子を見る余裕はなくなったがやむを得ない。ところが三沢到着直前に先行列車が遅れているとの理由で立ち往生し、八戸に到着したのは38分遅れの19時18分。それでも車掌は最後まで「はやて32号」は接続待ちをしていますと言い切った。

 人込みを掻き分けて新幹線ホームに急ぐ。いくら接続待ちをするとは言え、「はやて32号」を遅らせることは、東京を拠点とするJR東日本の新幹線網に影響を及ぼす。見切り発車だってしかねないと思っていたら案の定、新幹線ホームでは拡声器を使って「はやて32号」は定刻に発車したので、1時間後の「はやて34号」に振替えるとのアナウンスをしているではないか。駅員に詰め掛ける乗客もいるが、本来の「はやて34号」の乗客だっているのだし、はやくしないと「はやて34号」の指定券すらなくなってしまう。すぐに振替え手続きをしている窓口の列に並び、なんとか「はやて34号」の指定席を確保した。「はやて34号」に乗ってみれば、指定席券を入手できずにデッキに座り込む人の姿もある。気の毒だが半額払い戻しだろうし、東京まで3時間の辛抱だ。外はすっかり日が暮れて、もはや車窓を楽しむこともできない。また、いずれ乗る機会もあるだろうし、東京までの3時間は睡眠に当てた。

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テーマ:鉄道旅行 - ジャンル:旅行

秋田内陸縦貫鉄道♪
阿仁マタギ熊牧場 角館武家屋敷 田沢湖


京都18:22(寝台特急日本海1号)7:30【6:42】鷹ノ巣7:28【7:32】(7D)7:55米内沢8:40(9D)9:10阿仁合9:39(急行もりよし)10:05阿仁マタギ12:12(111D)13:05角館15:17(こまち22号)15:30田沢湖15:35(羽後交通)15:47田沢湖畔17:05(羽後交通)17:17田沢湖17:43(小町81号)18:43秋田19:09(こまち34号)20:43盛岡

 京都駅に赴くと1番ホームには豪雨で北陸本線に大幅な遅れが生じていることが繰り返しアナウンスされている。午前中は雨が降っていた京都も夕方になってすっかり晴れ上がり、豪雨で遅れが生じていると言われてもピンとこないのだが、遅れの原因は車両運用の関係とのこと。すなわち、午前中の豪雨で運行を見合わせたために、折り返し運転となる午後の列車の車両が手配できないのだ。もっとも、これから乗車する「日本海1号」は、豪雨の前に大阪へ到着しているため、車両運用の問題は無く、定刻の18時22分に京都駅を出発した。

 寝台列車に乗るのは実に6年ぶりで、前回というのが学生時代の卒業旅行でインドのデリーからブサワルまで乗車した「GOA EXPRESS」以来となる。指定された寝台に荷物を置き、設備をガチャガチャしていたら向かの寝台の女性から声が掛かった。飲食関係のチェーン店を全国展開している会社の役員で、仕事柄、寝台列車を利用して全国の店舗を査察しているのだという。飛行機や新幹線で移動すればよさそうにも思うが、寝台列車を利用すれば夜間のうちに移動できるので、時間的な効率が高いという。既に3年近く休みがないともいい、そこまで働けるのは経営を担っているからだろう。

 定刻に京都を出発した「日本海1号」であったが、湖西線内の駅で遅れた「サンダーバード」に道を譲ったりした影響で大幅に遅れを増してくる。運転停車もあるから翌朝までには遅れも取り戻すであろうと眠りについたが、8月8日まで不通になっていたあつみ温泉付近の土砂崩れ現場を徐行したとかで、さらに遅れは拡大し、鷹ノ巣の到着は48分遅れであった。

 鷹巣からは初乗りとなる秋田内陸縦貫鉄道に乗る予定。JRは「鷹ノ巣」と表記するが、秋田内陸縦貫鉄道では「鷹巣」と表記される。定刻では7時28分の列車が接続しているとのアナウンスがあったが、鷹巣駅で秋田内陸縦貫鉄道線が載り放題の「ホリデーフリーきっぷ」(2,000円)を購入するつもりだったので、1,000円札2枚を握り締めてホームを走る。秋田内陸縦貫鉄道線乗り場には駅員が待機していたので、「ホリデーフリーきっぷ!」と叫ぶ。駅員はとりあえず乗ってくれというような素振りをみせたものの、すぐに事務室に入って「ホリデーフリーきっぷ」を手渡した。「ホリデーフリーきっぷ」は車内では購入できないため、あらかじめ入手せざるを得ないのだ。

 普通列車に乗り込むと同時にドアが閉まり発車する。時刻は7時32分で4分程度の遅れだが、秋田内陸縦貫鉄道は単線であるため、この列車が遅れると対向列車も遅れてしまう。乗降客のいない無人駅はドア扱いをせずに形式的に停車するような形で回復運転が始まったが、もともとのダイヤに余裕があったのかすぐに定時運転に戻った。

 最初の下車駅は米内沢。駅の近くに早朝から入浴できる温泉があるからだ。「日本海1号」の垢をまず落としたい。米内沢駅から徒歩5分のところにある「あゆっこ」を目指す。2000年(平成12年)にオープンした施設で、宿泊もできる。田舎の静かな温泉施設と思っていたのだが、渓流釣りのお客で賑わっており大盛況。フロントで入浴料300円を支払い、ナトリウム塩化物・硫酸温泉の湯に浸かる。

 さっぱりして米内沢駅に戻り、8時40分の列車を待つ。列車が近づいて来るとホームに「浜辺の歌」が流れる。中学生の頃に散々音楽で覚えた歌であるが、米内沢は「浜辺の歌」作曲した成田為三氏の出身地とのこと。山間部で育っただけに海に対する憧れが名曲の創作活動につながったのであろうか。徒歩15分のところに「浜辺の歌音楽館」という施設もあるようだが、開館時刻が10時なので見合わせる。

 終点の阿仁合で後続の「急行もりよし」を待つ。阿仁合では、ルネッサンス風の煉瓦造りの異人館と阿仁鉱山の資料が残る伝承館を見学する予定であたが、「日本海1号」の遅れのしわ寄せで断念せざるを得ない。駅周辺をぶらぶらした後、せめてご当地グルメを楽しもうと阿仁合駅構内の食堂「こぐま亭」で、「馬肉煮込み」(500円)と「こまちプリン」(150円)、「黄金プリン」(150円)を購入し、「急行もりよし」に持ち込む。馬肉はこの地域で一般的に食べられる肉とのことで、少々くせがあるので好みは別れそう。お世辞にもおいしいとは言えない。「こまちプリン」は秋田こまちを利用したプリンで、「黄金プリン」は比内鶏を利用したご当地プリン。「馬肉煮込み」とは対象的に繊細な味でこちらは大衆受けしそうだ。

 阿仁合から乗車した「急行もりよし」には女性車掌が乗務している。秋田内陸縦貫鉄道と言えば、日本初の女性運転士が乗務したことで注目を浴びたが、既に女性運転士は引退しており、女性車掌はJRでも頻繁に見掛けるようになったのでもはや珍しくもない。特筆すべきことは女性車掌自らがワゴンを押して車内販売員も勤めることぐらいか。

 無人の阿仁マタギ駅で下車したのは私の他に一人旅の中年男性1人と地元の小学生2人。3人とも駅に着くなりどこかへ行ってしまったが、私は温泉もあるマタギの里へ行く予定なので、マタギの里へ電話をして送迎を頼む。駅から電話をすれば、無料送迎をしてもらえるとの情報をキャッチしていたからだ。駅前で迎えを待っていると、中年男性が戻って来た。「温泉ですか?」と声を掛けると、そのつもりで来たもののタクシーもないので困っているという。送迎を頼んであるので一緒に便乗すればいいと伝えておく。10分ぐらい待つとマタギの里観光開発のワゴン車が現われて出発。途中で先程の小学生2人が歩いていたので声を掛けると、マタギの里のキャンプ場へ行くというのでついでに拾ってあげた。

 マタギの里は打当温泉をはじめ、熊牧場や資料館、キャンプ場などが整備された第3セクターの複合施設。最初に熊牧場へ行き、その後で温泉という順番が良さそうだ。細い山道を登って熊牧場へ運ばれる。入浴券・熊牧場・資料館の3点セットになった共通券(1,000円)を購入すると、入口付近で熊のえさ(200円)を売っていたのでこちらも購入。キャンペーン中でくじ引きができるというので1枚引くと2等賞の花火セットが当たった。

 熊牧場には、奥深い山に棲むツキノワグマが飼育されていた。思ったよりも小柄な体格で、熊たちは木登りをしたり、両足で立って餌をねだる。その姿が「ちょうだい!ちょうだい!」と言っているようでなんとも愛らしいのだが、えさを投げると「グァー!!」と奇声を発してえさを取り合うのでやはり熊は怖い。ここでは、成長期に合わせて飼育場所が分けられており、小熊はぬいぐるみのように可愛かった。

 再びワゴン車で打当温泉「マタギの湯」に運ばれる。マタギの里は施設同士の距離があるので、ワゴン車が頻繁に行き来してお客を運ぶ。多客時には対応できないのではないかとも思ったが、ほとんどのお客はマイカー利用だ。大浴場、露天風呂、ジェットバス、サウナと施設が整った弱食塩泉の湯に浸かり、本日2湯目の入浴を果たす。入浴後は併設されていたマタギの里資料館で、マタギと呼ばれる猟師の生活の様子を垣間見た。マタギの世界でも後継者問題は深刻なようである。

 フロントで阿仁マタギを12時12分に出る列車に間に合うよう送迎を頼み、それまで館内の食事処「シカリ」で「どぶろくアイス」(400円)を試す。普通のアイスクリームにどぶろくのソースをかけたような代物で、アルコールに弱い私にとっては充分刺激の強いものだった。

 阿仁マタギからの列車は朝の閑散とした車内とは対照的にかなりの盛況ぶり。今回、秋田内陸縦貫鉄道を乗りに来た理由のひとつに廃線の噂があったからだが、この調子であればすぐに見限られることもなかろう。そもそも、秋田内陸縦貫鉄道は、鷹ノ巣-阿仁合間の国鉄阿仁合線と角館-松葉間の国鉄角館線が前身で、未開通区間の阿仁合-松葉間の工事を含めて第三セクターの秋田内陸縦貫鉄道が引き受けた。全線開通したのは1989年(平成元年)4月と歴史は浅く、20年足らずでの廃止ではあまりにも寂しい。

 昼下がりにうつらうつらしながら角館に到着。角館と言えば秋田美人の郷で、この街の女性は日本のどの地区の女性よりも色白で、肌のきめが細かく日本一奇麗な肌だという。常に水気を含んだようにしっとりとして、日本人に多く見られる乾燥型のカサカサした肌ではないらしい。もっとも、地元の女性と観光客の見分けは難しく、真相は闇の中だ。

 駅前の観光協会で地図をもらって武家屋敷めぐりに繰り出す。1620年(元和6年)芦名義勝によって手掛けられた秋田藩のなかで最も大きな佐竹北家の城下町として発展した角館。見所の武家屋敷は少々駅から離れており、まずは駅から最も遠い石黒家まで行き、そこから駅に向かって戻って来ることにする。阿仁マタギから行動を共にしていた一人旅の中年男性は途中で昼食を取りに消えた。

 入館料300円を払って石黒家に入ると、ガイドの解説が始まった。石黒家は佐竹北家の用人を勤めた家柄で、現存する武家屋敷の中で、最も格式が高く古い屋敷だという。母屋は萱葺きで庭に築山、巨岩、樅の大木、東屋があり、武家の格式を示しながら、簡素なたたずまいを呈していた。

 次に入った青柳家の入館料は500円。すべての武家屋敷を見学するにはいくら必要なのかと少々不安になってくる。青柳家の屋敷は、広い表間口に薬医門、道沿いにめぐらせた武者窓(のぞき窓)のついた黒塗りの簓子下見塀が特徴の、格式ある造りになっている。薬医門をくぐると、テーマごとに館を設け、代々伝わる武具、美術品、秘蔵の品などが展示されている。喫茶店や売店になっているものもあり、かなり石黒家と比較するとかなり俗化されている。

 立て続けに武家屋敷を訪問したので、今度は樺細工伝承館へ足を向ける。樺細工(かばざいく)とは、ヤマザクラ類の樹皮を用いて作られる工芸品のことであり、角館の伝統的工芸品となっている。「樺」の字から白樺を連想してしまうが、「カバ」とは、元々すべての木の樹皮を意味する言葉だったようだ。伝承館では、樺細工を始めとして工芸、文化、歴史資料の展示室があり、郷土博物館のようである。入館料は300円。

 再び武家屋敷めぐりに戻り、松竹映画 「たそがれ清兵衛」 ロケ地にもなった岩橋家へ。ここは嬉しいことに無料の施設。角館の中級武士の屋敷として間取りなど典型的な形を残しており、樹齢260年以上の柏の木がシンボルになっている。

 米蔵を改装した武家屋敷資料館には、佐竹北家に伝わる武具、衣服、調度品、古文書などが所狭しと展示。打掛けや化粧箱には京風の装飾が見られるが、表通りから少し入ったところにある米蔵であるため、気付かずに通り過ぎてしまう観光客も多そうだ。入館料は300円。

 河原田家、小野田家とまわって西宮家に入ると、15時で閉館するとのアナウンスがある。お盆休みなので仙北市が管理する施設は15時で閉館するとのことであるが、観光産業に力を入れているとは思えない仕打ちだ。全国から観光客の集まるこの時期にこそしっかりPRすべきではなかろうか。市役所の職員にしても、休みならともかく、どうせ出勤するのであれば定時まで働いても変わりがないであろう。

 「こまち22号」で田沢湖へ移動し、駅前から羽後交通バスで湖畔に向かう。ちょうど16時出航の遊覧船に間に合い、1,170円という中途半端な料金設定の乗船券を購入して高速艇「たざわ」に乗り込む。最初は船室でおとなしくしていたが、窓越しの景色よりもデッキの方が眺めがいいに決まっているので荷物ごと移動した。「たざわ」は円形田沢湖を時計と反対まわりに一周する。田沢湖の象徴である「たつこ像」の前にも連れて行ってくれたが、「たつこ像」は陸に向かって建っているので湖上からは背中しか見えない。今度来るときは湖岸を一周した方が良さそうだ。

 秋田新幹線の初乗りを兼ねて秋田まで行き、「秋田比内地鶏こだわり鶏めし」(1,050円)の駅弁を購入して本日の夕食とする。「周遊きっぷ」を利用しているので、往復の特急券や乗車券の心配は無い。盛岡へ向かう「こまち81号」の車内で箸を動かしていると、車掌から「大曲から指定券が売れているので席を移動して下さい」との声がかかる。秋田新幹線の秋田-盛岡間と東北新幹線の八戸-盛岡間は、どういうわけか全車指定席が建前で、当該区間だけを利用する場合は、特定特急券という空いている席があれば座ってもいいという奇妙なルールになっている。「周遊きっぷ」の乗客はすべて特定特急券と同様に扱われるからルール上はその通りなのだけど、自由席車両を極力減らして指定席料金を稼ごうというしたたかなJR東日本の姿勢がいやらしい。結局、大曲から空席はなく、盛岡までの区間をデッキで過ごした。

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