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Author:tabito
国内旅行業務取扱主任者、一般旅行業務取扱主任者の資格を取得。全国47都道府県、世界約30ヶ国を旅する。日本の鉄道全線踏破を目標としているが、相次ぐ新線開業に加え、多忙につき足踏み状態。



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敦賀きらめき温泉♪
敦賀きらめき温泉


 敦賀きらめき温泉と聞いてもピンと来ない人も敦賀トンネル温泉と言えば知っている人も多いのではなかろうか。敦賀トンネル温泉は、北陸トンネルの掘削時に湧き出した良泉を利用した温泉である。以前より入浴を志していたものの、気軽に入浴で来た国民宿舎敦賀荘が閉鎖されてしまい、北国グランドホテルはなんとなく敷居が高そうだと敬遠していた。ところが2002年12月に日帰り入浴施設のある敦賀きらめき温泉リラ・ポートがオープン。敦賀トンネル温泉を名乗っていなかったので、長い間別に源泉を持つ温泉だと思い込んでいたが、よくよくしらべると敦賀トンネル温泉と同一の源泉であることが判明。それならばと入浴を志すことにした。

 えちぜん鉄道の初乗りの帰りに敦賀へ立ち寄る。敦賀きらめき温泉リラ・ポートは、敦賀駅から車で10分の距離であり、バス路線も通じているのであるが、予定よりもかなり遅い到着になってしまったため、リラ・ポートへ向かうバスは終了してしまった。タクシー利用も考えたが、4キロ弱なので歩けないこともなさそうだ。時間は余裕があるので敦賀駅から歩いて高台にあるリラ・ポートを目指す。周囲は住宅街であるが、街灯は少なくひっそりとしている。リラ・ポートの近くには北陸自動車道の敦賀インターチェンジがあるので、ちょうどよい目標になる。

 敦賀駅の改札口はリラ・ポートの反対側にしかないため、迂回をして北陸本線の踏切を渡る。北陸自動車道の敦賀インターチェンジのランプの側道を歩き、1時間近くかかってリラ・ポートに到着した。ガラス張りの近代的な建物で、ここだけ煌々とネオンが輝いて別世界のようだ。リラ・ポートの由来は、リラックスとポートの造語とのこと。寛ぎの港にようやく到着した。

 リラ・ポートには温泉施設だけではなく、レストランや売店、バーデプール、仮眠室まで整った総合娯楽施設である。入浴料は1,000円と少々高いのだが、温泉とバーデプールの双方を利用できるとのこと。バーデプールとは、水力によるマッサージで静脈やリンパの流れを促進し、身体の免疫力を高めるために開発された健康促進型機能性プールである。ドイツのバーデン・バーデンの「バーデ=温泉」に由来し、ドイツの伝統的な温泉療法の思想と東洋医療の手法を取り入れたという。もちろん水着の着用が必要であるが、フロントでレンタルもしている。

 まずは初体験のバーデプールへ向かう。更衣室からは浴場とバーデプールのどちらにも行くことができる構造になっている。プールサイドに出ると監視員からキャップを手渡された。キャップは無料で貸してもらえる。まずはシャワーを浴びて、浮力を利用して筋肉をリラックスさせるというフローティンングを試す。水力で全身を浮かせながらの屈伸・回旋運動も行えるようになっている。気に入ったのはボディーマッサージ。水流により皮下脂肪が旗がひらめくように揺れるフラッター現象が起き、脂肪を燃焼するという。ジョギングの10倍のエネルギーを消費するというのだから驚きだ。

 少しはシェイプアップできたかなと思いつつ温泉へ移動。檜風露天風呂へ向かうと凍えるような寒さだ。急いで温泉に入ると気持ちがいい。温泉は寒い冬場の露天風呂が一番だ。日が暮れて景色が見えないのが残念だが、念願の敦賀トンネル温泉の入浴を果たす。泉質はアルカリ性単純温泉。泉温は25.6℃なので、42℃まで加熱している。1分間の配水は90リットルとのことだ。

 帰りも敦賀駅までの道のりをぶらぶら歩くが、十分に温まったので体が冷えることもなく駅に到着。むしろ、帰りの電車が満員で蒸し暑く、再び汗をかいてしまった。

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テーマ:温泉 - ジャンル:旅行

えちぜん鉄道♪
えちぜん鉄道


福井8:35(835M)9:23三国港9:33(932M)10:16福井口10:21(1017K)10:41永平寺口…永平寺…永平寺口12:41【12:50】(1217K)13:10【13:20】勝山…清大寺…勝山城博物館…みるく茶屋…勝山16:11(1610K)17:04福井

 高架駅となったJR福井駅から駅前ロータリーに面したえちぜん鉄道福井駅へ駆け込む。1,000円札を握り締めて窓口で「1日フリーきっぷ」(800円)を購入し、ホームに停車している列車に駆け込むと同時にドアが閉まる。なんとも慌ただしい旅立ちであるが、乗り換え時間が2分というダイヤなのでやむを得ない。京福鉄道時代も同様のダイヤで、かつてはJR線との連絡通路があったからよかったものの、福井駅の高架化に伴い2分の乗り継ぎは難しくなった。えちぜん鉄道もやがて高架化するとのことだが、しばらく先のことでもあるし、JRとの乗り継ぎを考えてダイヤ編成をしてもらいたいものだ。

 車両はセミクロスシートのMC6001形で、車内の雰囲気が京福鉄道と異なり新鮮である。えちぜん鉄道が発足したのは2002年9月17日。2000年12月17日に越前本線志比堺-東古市間、2001年6月24日に越前本線保田-発坂間でと半年に2度も列車の衝突事故を起して事業継続が困難となった京福電鉄から鉄道事業の譲渡受けて、2003年7月19日に一部区間の運転を再開し、同年8月10日に三国芦原線全線、同年10月19日勝山永平寺線全線の運転再開にこぎつけた。えちぜん鉄道は前身の京福電鉄時代に全線乗車済みであったが、新たに第三セクターとして再出発したからには乗り直すの筋であろう。それにしても旧国鉄やJRから第三セクターへの転換はよくあることだが、民鉄から第三セクターへの転換とは珍しい。民鉄が捨てたレールを第三セクター方式で建て直しができるのか興味があるところだ。

 三国芦原線の沿線は芦原温泉、三国温泉、東尋坊と沿線に観光要素が多いが、既に何度も訪問しているので今回は三国港までの往復に留め、乗り歩きのターゲットは勝山永平寺線とする。三国港で10分の滞在で折り返し、三国芦原線と勝山永平寺線の分岐となる福井口まで戻る。

 福井口から乗車した勝山行き1017K普通列車は立ち客が出る賑わい。前方の運転席の脇では熱心にビデオカメラで車窓を撮影している鉄ちゃんがいる。年齢的には私よりもかなり上の世代で、時折デジタルカメラでの撮影もするなど熱心なことだ。

 京福電鉄時代は東古市と名乗っていた永平寺口でかなりの乗客が下車する。年輩の集団は永平寺への観光客のようだ。かつてはここから永平寺まで路線があったのだが、利用客の少ない赤字路線であったことからえちぜん鉄道に引き継がれることなく廃止されてしまった。現在は京福電鉄バスが代替しているが、次のバスまで20分近くあり、年輩者の集団は早々にタクシーに乗り込んだ。しかしながら、永平寺まではバスでも片道400円と結構な料金で、貧乏旅行の私にとってはバスでも往復すればかなりの出費になる。そこでレンタサイクルを利用することにした。えちぜん鉄道では主要駅に無料レンタサイクルを設置しているのだ。

 「永平寺まではかなりの距離があるよ」と駅員に念を押されてから貸出簿に必要事項を記入する。名前と住所、返却予定時刻の他に行き先を記入する欄があるが、ほとんどの人が永平寺と記入していたので大丈夫だろう。鍵を受け取り、永平寺に向かって出発する。しばらく走ると永平寺線の廃線跡が残っており、レールも既に撤去されているが、バラストはきれいに残っており、その気になればいつでも列車を走らせることができそうな様子だ。

 永平寺が近付くにつれて坂道が急になり、息を切らせて永平寺門前に到着。駐車場はあるが駐輪場は見当たらないので、近くの永平寺郵便局に自転車を停めさせてもらって永平寺の境内に入る。かつて、京福電鉄で永平寺へやって来たときは拝観時間外であったため、中に入るのは今回が初めてである。500円の拝観券は自動券売機で購入するようになっており、合理的ではあるが永平寺には似合わない。宝物館琉璃聖宝閣を見学して、地下1階、地上4階の鉄筋コンクリート造の吉祥閣へ行くと参拝客は勧化室に集められる。しばらくすると修行僧が現れ、永平寺の概要の説明が始まった。

 永平寺といえば雪景色が似つかわしいが、残雪はほとんどなく、厳しい修行場という雰囲気がない。境内を散策して再び自転車で永平寺口へ戻る。今度は緩やかな下り坂なので自転車のスピードはぐんぐん出る。時計を見れば予定していた列車よりも1本早い列車に乗れそうだったので、永平寺口の駐輪場に自転車を返却し、ホームに居た駅員に「乗ります!」と声を上げる。「福井ですか?」との返事があったので「勝山です!」と返すと「これは福井行きですよ!」との返事。勝山行きは既に出発してしまったかと肩を落として福井行きを見送る。
「勝山行きは10分ぐらい遅れていますのでもう少し待って下さい」
事務室に戻って来た駅員から思わぬ言葉。遅れているなら慌てなくてもよかったなと思いつつ、勝山行きに間に合って時間を無駄にせずに済んだ。

 9分遅れの勝山行き1217Kに乗り込むと、車内にはブルーの制服を着た女性車掌が乗務していた。えちぜん鉄道が導入したアテンダントだ。アテンダントは切符や記念グッズの販売と観光案内、車内放送を担当するもののドア扱いは運転手の仕事になっている。それでもお年寄りには「今日はどちらまで行きますか?」と積極的に声を掛けており、地域密着型の鉄道としてモデルケースになりそうだ。
「勝山到着が10分ぐらい遅くなりますがバスへの乗り継ぎはございますか?」
わざわざ乗客1人ずつに声を掛けて回るきめ細やかなサービスが嬉しい。乗客の中には遅れの原因を気にする者もいたが、原因は車両故障とのこと。利用者も京福電鉄時代の正面衝突事故は未だに記憶に残っているようだ。

 勝山でもえちぜん鉄道の無料レンタサイクルを活用する。最初に目指すのは越前大仏で有名な清大寺だ。越前大仏の慶落は昭和62年5月28日と歴史が浅く、私人が私財を投じて建立したものだ。建立当時は高額な拝観料と駐車料金を設定したために非難が集中したが、現在では拝観料も800円まで引き下げられ、駐車場は無料で開放されている。

 駐車場の隅に自転車を停めて拝観券を求めると500円となっている。清大寺の境内には大仏殿の他に九龍殿、五重塔、日本庭園などがあるが、大仏殿以外の施設が積雪の影響で見学できないために割引されているという。目的は越前大仏なのでその他の施設にさして思い入れがあるわけでもなくよしとする。それにしても、永平寺では雪がほとんど積もっていなかったのに、勝山では雪はそこそこ残っており不思議なものだ。

 高さ52.12メートル、間口58.12メートル、奥行48.12メートルの大仏殿に入るとさすがに圧巻。日本一の大きさを誇る大仏様だけのことはある。大仏殿の壁面にも無数の仏像が安置されており、想像以上に手の込んだ建築物だ。当初の拝観料を高額に設定したかった気持ちもわからないでもない。越前大仏に対面したことで満足して、清大寺を後にした。

 次に目指したのは勝山城博物館。勝山城は今まで耳にしたことがなかったが、この地域を統治していた居城なのだろう。ところが、勝山城の近くまで来ると「平成の名城 勝山城」という看板が目に入る。なんとなく昭和の名城熱海城を連想したが、予感は的中した。勝山城の築城は平成4年とのこと。石垣から鯱までが57.8メートルと日本一の高さを誇る。清大寺でもらった割引券を利用して100円割引となった400円の入館料を支払うと使い捨てカイロを手渡される。利用者が少ないので城内の暖房を止めているそうだ。無駄に暖房を使うよりも経済的で環境にもやさしい。天守閣から勝山市街地を一望した後、古くは鎌倉時代の重要刀剣をはじめ日本全国から集められた歴史的文化遺産などが陳列する展示室を見て回る。出入口に戻ると昆布茶が振舞われた。

 帰りがけに勝山城博物館の駐車場内に構えるみるく茶屋へ立ち寄る。ラブリー牧場直営の新鮮なジャージー牛乳から作られるソフトクリームが人気の商品で、勝山城博物館よりも盛況なのだから驚く。バニラ香料さえ使わない、徹底した自然派無添加のジャージーソフトクリーム(350円)を試してみる。まさに牛乳そのものを食べているという感覚で濃厚な味がする。凝固剤を一切使用していないので、夏場はすぐに溶けてしまうであろう。昼食も食べる時間がなかったので、カスタードバナナ(400円)も注文。焼きたてのクレープにバナナを包んだ変わり映えの商品だが、カスタードクリームもジャージー牛乳を使用しているのだろう。こちらも濃厚な味で美味しかった。

 勝山城博物館を後にすると列車の時刻が迫ってきた。余裕があれば恐竜博物館まで足を運ぶつもりであったが、とても時間が足りない。急いで勝山駅へ向かって自転車をこいでいると急にガタガタとし始めた。嫌な予感がするのでタイヤを確認すると後輪がパンクしている。勝山駅まで3キロ近くあり、自転車をひいていては列車に間に合わない。やむを得ずパンクしたまま無理に自走していると、後輪のチューブがハブに絡まってしまった。最悪の事態である。これでは自転車をひくこともできない。その場で絡まっているチューブをハブからはずそうと試みるが、道具もないのでうまくいかない。やむを得ず2キロ近くを自転車を担ぎながら勝山駅を目指す。予定の列車にはもちろん間に合わないが、自転車の修理代ぐらい請求されるだろうなと思うと気分が沈んできた。

 汗まみれになって勝山駅に到着。駅員に自転車がパンクした旨を申告するが、「そうですか」と予想外のリアクション。「どうしましょうか?」とこちらが聞き返すが、「そのままでいいですよ」との返事。貴重な自転車が1台使えなくなってしまって申し訳ないなと思いつつも、列車の時刻になったので勝山を後にした。

テーマ:旅行日記 - ジャンル:旅行

松本電気鉄道♪
松本電気鉄道


松本13:30(23)14:00新島々14:08(28)14:37松本

 青春18きっぷの使い残しがあったため、未乗となっていた松本電気鉄道の乗り歩きに出掛ける。松本電気鉄道は松本から新島々までの14.4キロを結ぶ鉄道で、上高地への観光路線である。松本電気鉄道の初乗りは上高地観光とセットでと考えていたのであるが、仕事の関係で休めるのは週末だけ。著名な観光地へ夏場の週末に入り込んだらどのような状況になるかは想像に難くなく、先延ばしにしていたらいつ訪問できるのか定かではなくなった。上高地観光だけなら格安バスツアーもあるこのご時世に、わざわざ鉄道に乗るために個人旅行で行く必要もなかろうと、この際、松本電気鉄道の乗り歩きに出掛けることにしたのだ。

 中津川からの829Mが積雪のため定刻よりも50分遅れの13時07分に到着。予定では12時45分の新島々行き21列車に充分に間に合うはずであったが、1本乗り遅れる羽目になり、次は13時30分の23列車だ。時間を持て余したので、松本電気鉄道上高地線のホームにある蕎麦屋で山菜そば(390円)を食べる。折角、信州に来たのだから信州そばぐらい食べておきたい。だからといって街中の蕎麦屋の暖簾をくぐっている時間は無く、立ち食いそばが手頃だった。

 松本電気鉄道の列車が入線してきたことを確認して店を出る。周囲はすっかりと雪化粧で、松本電気鉄道も運休になるのではないかと心配したが、こちらはしっかりと定刻運転。乗客の多くは地元の人で、スキー場や温泉へ出掛けると思われる家屋連れやグループが2~3組ぐらい。少なくとも冬場は観光路線よりも生活路線の色彩が強い。積雪があるのでマイカー利用も控えて鉄道利用にしているのかもしれない。

 定刻に松本を発車し、松本駅構内の延長のようなところが最初の停車駅である西松本。ホームは除雪されたような跡がなく、まったく乗客の乗降がなかったようだ。松本からの距離はわずかに0.4キロ。鉄道を利用するような距離ではないのだが、松本電気鉄道沿線の利用者にとっては利用価値があるのかもしれない。

 奈良井川を渡って雪一面の中を列車は走る。列車が通ると雪に覆われたレールがはっきりと現われるものの、しばらくするとまた雪に隠れてしまう。上下線をあわせて考えれば、30分も間隔が開いていないはずであるが、瞬く間に雪が降り積もるのであるから、かなりの降雪があるのだろう。

 15文字の長い駅名が目を惹く北新・松本大学前に到着するが、駅前にある松本大学が日曜日で閑散としているためか、ここでも乗客の乗降はほとんどない。三溝の手前で国道158号線が進行方向右手後方より合流。国道の除雪は行き届いており、交通量もそこそこある。このまま新島々まで国道158号線との並走となる。

 松本からちょうど30分で終点の新島々に到着。レールはこの先へも続いているかのような雰囲気であるが、1983年まではこの先の島々まで路線が延びていた。ところが台風で線路が流失したのを機会に島々-新島々間を廃止したという経緯がある。上高地まで路線を伸ばして観光鉄道にという夢物語がにわかに語られたこともあったようだが、実現は難しそうだ。

 観光客らしきグループはここから14時10分の白骨温泉行きのバスに乗り継ぐようである。窓口では一人旅らしき旅行者が「今から白骨温泉まで日帰りできますか?」と尋ねているが、窓口氏は「できません」との即答。ダイヤ的にもとんぼ返りになってしまうが、何よりも積雪で交通規制になる可能性もありそうだ。私は素直に14時08分の折り返し電車で松本に戻る。松本電気鉄道はともかく、JRのダイヤが気になって仕方がない。

 松本に戻ればダイヤは乱れているものの、運休という事態には陥っていない。列車の時刻を確認して、国宝松本城へ足を伸ばす。中学生の頃に列車の待ち合わせ時間を利用して訪問を試みたが、松本駅から遠いので諦めた経緯がある。実に15年ぶりのリベンジとなった。

テーマ:鉄道旅行 - ジャンル:旅行

富山ライトレール♪
万葉線 富山ライトレール


高岡駅前12:00(55)12:41越ノ潟12:50(県営フェリー)12:55堀岡…新港東口13:00(射水市コミュニティバス)13:26岩瀬浜駅前…岩瀬カナル会館…北前船廻船問屋森家…富山港展望台…岩瀬カナル会館…岩瀬浜15:01(1502)15:25富山駅北

 541Mで高岡駅に降り立つと雨模様。市内散策にでもと考えていたのだが、雨足が強くなってきたので見合わせる。その代わりに駅前では能登半島穴水町のPRを兼ねた「まいもんまつり冬の陣」が催されており、穴水産の焼き牡蠣が無料で振舞われていたのでお相伴に預かる。生牡蠣を炭火で焼いただけであるが、塩気がきいていて美味しい。牡蠣といえば厚岸と広島が有名であるが、穴水の牡蠣もなかなかのものである。

 今回の旅は高岡駅前から万葉線で越ノ潟へ出て、県営フェリーに乗り継ぎ。新港東口から射水コミュニティバスの新港東口ライトレール接続線を利用して岩瀬浜へ。岩瀬浜から富山ライトレールで富山駅北までの「万葉線・富山ライトレール回遊ルート」なるものをたどるためだ。万葉線のホームページで偶然に回遊ルートの宣伝を発見し、旅立ちを思い立った次第である。回遊ルートのモデルプランとしては、10時、12時、14時に高岡、富山双方からスタートするコースが紹介されている。ポイントは新港東口-岩瀬浜間の接続バスで、土・日・祝日に限り運行されている。普段はこの接続バスが運行されないため回遊ルートが成立しないのだ。

 地下道を通って万葉線乗り場へ移動する。万葉線は前身である加越能鉄道から事業譲渡を受けて2002年4月1日から営業を開始した第三セクターだ。バスターミナルのようなホームで列車を待っていると、赤い車体のアイトラムがやって来た。万葉線では加越能鉄道時代の車両も現役で活躍しているが、一部は富山ライトレールと同じ型の車両であるアイトラムに置き換わっている。新しい鉄道にふさわしく、アイトラムに乗り込む。

 高岡駅前のホームに「500万人乗車達成記念1日フリー乗車券」(500円)なるものの宣伝ポスターが掲示されていたため、到着したアイトラムに乗り込み、さっそく運転手に申し出る。今回は回遊ルートを辿るので、万葉線は高岡駅前-越ノ潟の片道乗車だけなので運賃は350円。フリー乗車券の購入は150円の赤字になるが、アイトラムをはじめとする万葉線の車両のラインナップの表紙や路線図が掲載されており、記念になると考えたのである。ところが運転手は「時間がないから降りるときに!」とそっけない。にわかに150円を万葉線に寄付するのがアホらしくなる。

 高岡駅前を発車したアイトラムはしばらくは雨の商店街をゴトゴト走る。アイトラムの新型車両を投入したものの、軌道は加越能鉄道時代のままなので、振動が妙によく伝わり乗り心地は悪い。珍しく乗り物の酔いに襲われる。隣の席では女子高生が参考書を広げているが、よく平気な顔でいられるものだ。

 途中の米島口で路面区間は終了し、専用軌道に入る。専用軌道では路面区間よりも若干スピードアップした模様だ。JR氷見線の線路を跨いで中伏木に到着。伏木港を挟んだ対岸の伏木までは如意の渡と呼ばれる渡船があり、フリー乗車券でも利用可能であるが、あいにくの天気で利用者もいないらしく、船頭も暇そうにしている。

 庄川を渡って射水市新湊庁舎前に到着すると車内を賑わせていた高校生がぞろぞろと下車。近くに甲子園での旋風で一躍全国区となった新湊高校がある模様。土曜日の午後から試験でもあるのだろうか。

 海王丸パークに近い海王丸で私以外のすべての乗客が下車してしまい、貸切状態で終点の越ノ潟に到着。運転手から手書きで日付を入れた「500万人乗車達成記念1日フリー乗車券」を500円と引き換えに手渡された。アイトラムは越ノ潟で折り返し運転となるが、乗客は誰もおらず、無人の状態で高岡駅前へ向かって引き返して行った。

 さて、越ノ潟からは県営フェリー利用となる。天候が悪いので欠航になっているのではないかと心配したが、富山新港内なので波風も立っておらず、通常運行されている模様。ただし、乗船客は私の他に地元のおばあさんがいるだけで、なんとも寂しい限り。対岸の堀岡まではわずか5分の船旅だ。

 堀岡渡船場の前が新港東口の停留所となっており、どうして県営フェリーとバス停の呼称を統一しないのか理解に苦しむ。渡船場の前には、富山新港大橋の工事計画についての案内があり、大橋の完成と同時に県営フェリーも姿を消すことになるのだろうか。

 富山地鉄バスのボディーの射水コミュニティバスには富山ライトレール接続線と正面に表示されていた。乗客は私だけであったが、富山地鉄としては射水しからの委託を受けているだけなので乗客の多寡は気にならないのであろう。運賃は一律500円で、子供も同額であったのには驚く。

 しばらく走ると地元のおやじが手を挙げてバスに乗り込む。途中の停留所からも乗車はできるが降車扱いは岩瀬浜駅前だけとのこと。最初は富山駅行きと間違えて乗ってきたのではないかと思ったが、常連客のようで岩瀬浜駅行きであることは心得ていた。車内には灯油の臭いが蔓延していたので、おやじは乗車するなり運転手に「灯油こばしたか?」と尋ねる。灯油暖房だから臭いが車内に充満するらしい。

 旧富山港線の終着駅であった岩瀬浜はすっかり整備されていて、かつての面影はない。駅前ロータリーの延長に富山ライトレールのホームがあり、便利ではあるが、駅舎があった頃の存在感はない。万葉線のホームページで紹介されていた回遊ルートのモデルプランでは、接続バスから5分の待ち合わせで富山ライトレールに乗り継ぐことになっていたが、ここで回遊ルートから脱線する。万葉線沿線は加越能鉄道時代に乗り歩きをしていたが、岩瀬浜周辺は通過しただけなので、周辺をゆっくり散策してみようと思ったからだ。この辺りは富山ライトレールの開業に合わせてかなりの手入れがなされている。

 まずは岩瀬浜駅に近い岩瀬カナル会館をのぞく。レストランと土産物屋を併設した施設でドライブインのような感じだ。土産物屋の一角には富山のくすり売りに関連するグッズや薬が売られていた。きちんと薬剤師が常駐しているのだから問題はない。裏手は岩瀬運河に通じており、しばらく河口に向かって運河沿いを歩く。やがて明治初期の街並みが残る大町通りに入り、立派なたたずまいの「北前船回船問屋森家」へ入った。

 110円の入場料を支払うと、管理事務所に居たじいさまから声が掛かり、延々と森家の説明が始まった。森家は日本海で活躍した北前船回船問屋である。行きは富山の米を積み、帰りは鰊や昆布を持ち帰り、船の往復もうかる「のこぎり商売」ともいわれ財をなしたそうだ。

 じいさまの説明が一通り終わったところでようやく屋敷の中へ。屋久杉の板戸、能登産黒松のはり、囲炉裏を飾るロシアの琥珀(こはく)、土間には小豆島産の巨大な一枚岩、日本海交易で活躍したことを伺わせる造りである。昨年夏には秋篠宮様が訪問されており、あの爺様が秋篠宮様に解説をしている姿が掲載された新聞が掲示されていた。

 大町通りを往復して、富山港展望台へ。富山港に面した施設で無料開放されており、マイカーを利用した家族連れで意外に賑わっている。展望室からは立山連邦が広がり、海だけではなく山の眺めも楽しめる。

 岩瀬浜駅へ戻る途中に再び岩瀬カナル会館へ立ち寄り、岩瀬浜の名物という大塚屋の「どらやき」(180円)を賞味する。三角の変わった形の「どらやき」と新商品らしき「コーヒーまん」(130円)を買い求めて賞味する。どちらも上品な味で発想のユニークさだけではなさそうだ。その他にも越中米で作られた「われせんべい」(300円)も非常食として購入しておいた。

 岩瀬浜でゆっくりし過ぎたため、富山ライトレールの途中駅で下車する余裕はなくなった。基本的に旧富山港線をたどっているだけなのであるが、随分と雰囲気が異なる。同じところをJRの車両が運行されていたとはにわかに信じ難いが、沿線にはホームや駅舎の跡が一部残されている。奥田中学校前からは旧富山港線のルートから別れて富山の市街地に入り富山駅北へ到着。モデルプラン通りであれば1時間55分、今回は岩瀬浜の観光を取り入れて3時間30分の回遊ルートの旅を終えた。万葉線沿線には高岡大仏、古城公園、如意の渡し、海王丸パークなどの観光要素もあり、1日がかりで楽しめそうな回遊ルートであったが、接続バスの閑散状況を見ていると回遊ルートを楽しめるのもわずかな期間であろう。

テーマ:鉄道旅行 - ジャンル:旅行





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