旅の足跡
tabitoの旅の足跡を残していきます。
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Author:tabito
国内旅行業務取扱主任者、一般旅行業務取扱主任者の資格を取得。全国47都道府県、世界約30ヶ国を旅する。日本の鉄道全線踏破を目標としているが、相次ぐ新線開業に加え、多忙につき足踏み状態。



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弥生軒♪
弥生軒「唐揚げそば」

 JR常磐線と成田線が分岐する我孫子駅。駅のホームには、立ち食いそば・うどんの弥生軒が店を構えている。駅構内の立ち食いそば屋そのものは珍しくもないが、弥生軒は1931年(昭和16年)から5年間、放浪の画家として知られる山下清氏が働いていたことで知られる。かつて、弥生軒が駅弁を販売していた頃は、駅弁の包み紙に山下画伯の作品を採用していたという。店のカウンターの前に「ぼくがはたらいていた弥生軒のおそばおいしいよ 山下清」の看板に惹かれて、何度か足を運んだことがあったのだが、最近になってこの店の名物が「唐揚げそば(2ヶ入り)」(440円)であることを知り、用事もないのに我孫子まで足を伸ばしてみた。

 時刻は10時30分という中途半端な時間帯であったが、先客が2名おり、その後もお客が立ち替わり入れ替わりやってくる。ただ、わざわざ弥生軒のそばを食べにやってきたというよりも、乗り継ぎや出掛ける前の腹ごしらえといったタイプの人が多く、その風貌からは松戸競輪場へ向かうものと察する。松戸競輪場では3月7日までG1日本選手権が開催されている。

 さて、券売機で「唐揚げそば(2ヶ入り)」の食券を購入し、店のおばちゃんに手渡す。うどんの選択もあるのだが、山下清画伯がそばを推奨しているのでそばを注文。真っ黒い汁と茹でそばは関東独特で、取り立てて美味しいと評するに値しないのだけれども、噂の特大唐揚げはインパクトがあります。1個がフライドチキン並みの大きさで、2個並ぶとほとんど器を覆い隠してしまいます。ただし、唐揚げも冷めていて、惣菜の唐揚げを持ち買ってそのまま食べたような感じ。味よりもボリュームによる話題が先行の弥生軒でした。


 
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中央ドリーム京都号♪
中央ドリーム京都号

京都駅烏丸口22:30(中央ドリーム京都82号)6:22新宿駅新南口

 夜行バスを頻繁に利用するようになって久しいが、夜行高速バスの元祖である「ドリーム号」はこれまで利用したことがなかった。最も大きな理由は、学生時代は「青春18きっぷ」を利用して、大垣夜行(現在の「ムーンライトながら号」)の利用が主で、夜行バス全盛時代に至っては、格安ツアーバスを利用することが多かったからだ。ところが、2年前の原油高の影響が出始めてから、ツアーバスの価格競争も落ち着き始め、週末など利用時期によっては路線バスの方が安くなるという逆転現象も現れ始めている。そこで今回、友人の結婚式で東京へ出向く必要が生じたことから、JRバスの「ドリーム号」を初めて利用してみることにした。

 「ドリーム号」といっても最近は様々なバリエーションが生じている。元祖ドリーム号は東京-大阪間であるが、現在では関西圏でも京都、奈良、神戸、なんば・堺、びわこ(大津)など、行き先別に路線があり、更には車両のグレードに応じて、プレミアム号や青春号まで登場した。東名高速道路ではなく、中央高速道路を経由する「中央ドリーム号」もある。

 元祖「ドリーム号」に乗車するなら京都-大阪間であろうが、京都からわざわざ大阪まで出向くほどモノ好きではなく、元祖にこだわらないのであれば、変わり種の中央高速道路経由を試してみることにした。東名高速道路経由の路線は、過去に何度もツアーバスで利用しているので面白味に欠ける。

 22時過ぎに京都駅烏丸口に到着すると、バス乗り場は各種の「ドリーム号」を待つ乗客で賑わっていた。金曜日の夜行高速バスは、週末のレジャーに欠かせない存在となっている。学生ぐらいの若い世代が多く、そのほとんどが22時20分発の「青春ドリーム京都号」に吸い込まれていく。「青春ドリーム号」は学生をターゲットにした「ドリーム号」の廉価版で、通常の「ドリーム号」が独立3列シートであるのに対して、「青春ドリーム号」は従来型の4列シートになっている。隣に知らない人がやって来ると少々気を使うが、仲間同士の利用ならこちらで十分であろう。

 「青春ドリーム京都号」が発車すると、間もなく「中央ドリーム京都82号」がやって来た。週末や多客時のみに運行される臨時便であり、定期便よりも30分程早いダイヤになっている。行き先表示板はLED照明、きれいなボディーに期待したが、車内に入るとかなりシートがくたびれている。トランクルームに預けた荷物も他の路線バスのようにクレームタグは存在せず、自己責任で管理しなければならない。飲み物やおしぼりのサービスもなく、サービス水準はツアーバスと大差がない。

 名神高速道路に入った「青春ドリーム京都号」は、0時過ぎに養老サービスエリアで休憩。乗客が降りることができるサービスエリアは、この養老サービスエリアのみで、これから先のサービスエリアは乗務員の交代と休憩のためだけの停車となる。鉄道で言えば運転停車だ。駒ヶ根サービスエリアでは、西日本JRバスの運転手からJRバス関東の運転手に交代。この辺りはJRグループらしい。

 気が付けば既に東京都内に入っており、中央道八王子、中央道日野と停車していく。下車客がいない停留所でも立ち寄っていくのは時間調整の関係であろうか。ツアーバスはもちろん、路線バスでも下車客のいない停留所は通過して早着するケースがあるのに律義である。鉄道の習慣が引き継がれているのであろうか。それでも定刻より10分程早く終点の新宿駅新南口に到着した。バスターミナルというよりは、車庫のような雰囲気だったが、新宿駅に隣接していることには間違いない。乗客は足早に新宿駅の改札口へと消えて行った。


 


テーマ:国内旅行 - ジャンル:旅行

葛飾柴又寅さん記念館♪
葛飾柴又寅さん記念館①  葛飾柴又寅さん記念館②

 映画「男はつらいよ」の舞台となった葛飾柴又。主演の渥美清が1996年(平成8年)8月4日に逝去したことにより、世界一の長寿シリーズは終焉を迎えたが、翌年には「葛飾柴又寅さん記念館」がオープンし、帝釈天と並んで柴又の観光スポットとなった。

 いつか訪問してみようと思いながら月日は10年以上が経過し、昨年12月5日に「葛飾柴又寅さん記念館」がリニューアルオープンしたという情報をキャッチする。せっかくなので、次回、東京へ行く機会があれば立ち寄ってみようと決意し、今回の訪問に至った次第である。

 JR常磐線の金町駅に落ち立つとあいにくの雨模様。駅前ロータリーの一角にある京成電鉄の京成金町駅から1駅で目的の柴又にたどり着くが、わずか1.5キロの区間を列車に乗るのも煩わしく、線路沿いの柴又街道を傘をさして歩く。

 しばらく歩くと左手に東京都水道局の金町浄水場が広がる。1984年(昭和59年)には、当時の厚生省に日本一まずい水道水として認定された東京の水道であったが、現在はオゾンによる高度浄水処理施設を備えて、ボトルウォーター「東京水」が発売されるまでに至っている。

 観光バスが行き交う柴又界隈は雨模様でも観光客で賑わっている。帝釈天前の商店街と通り抜け、目的の「葛飾柴又寅さん記念館」へ直行する。隣接する山本亭との共通入館券(550円)を券売機で購入。別々に購入するよりも50円安くなっている。

 主人公の車寅次郎の生い立ちを紹介したパネルに続いて、映画の舞台セットが展示されたコーナーへ。寅さんの実家の団子屋の屋号が「くるまや」になっており、あれっ?と思う。確か団子屋の屋号は「とらや」ではなかったか。調べてみると第39作までは「とらや」で、第40作以降は「くるまや」の設定になっている。実際に団子屋のモデルになったのが「高木屋」であったことから、商売敵の「とらや」を宣伝することにならないように配慮したとか、羊羹で有名な虎屋からクレームが付いたとか、様々な憶測がなされているが真相は定かではない。

 歴代の映画のポスターや柴又のミニチュア、1899年(明治36年)から1913年(大正2年)まで帝釈天の参拝客を運ぶために運行されていた帝釈天人車鉄道のミニチュアを眺めて、「葛飾柴又寅さん記念館」の見学を終える。

 隣接する山本亭は、食事や喫茶の利用がメインのようで、団体が食事中のところをのぞきに行ったような雰囲気であまりお勧めできない。裏手は江戸川で矢切りの渡しの渡船場も近かったが、あいにくの天候なのでこちらは別の機会に譲ることにしよう。

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日暮里・舎人ライナー♪
見沼代親水公園①  見沼代親水公園②  見沼代親水公園③


日暮里8:32(843A)8:53見沼代親水公園9:24(934A)9:44日暮里

 2008年(平成20年)3月30日に開業した東京都交通局の日暮里・舎人ライナーの初乗りに出掛ける。開業から1年近くになるが、足を運ぶ機会に恵まれず、友人の結婚式が東京であるのをきっかけに足を伸ばした次第である。路線名については、一般公募が行われたにも関わらず、日暮里・舎人ライナーという沿線の地名を並べた野暮なネーミングに決定した。土佐くろしお鉄道のごめん・なはり線のように、地名をそのまま羅列するのが最近の傾向なのだろうか。かつての国鉄のように、起点と終点の駅名から1文字ずつ拝借して、路線名を新しく作り出す方が芸があるようにも思える。

 日暮里・舎人ライナーは、日暮里-見沼代親水公園の全長9.7キロの新交通システム。日暮里駅のホームに上がると、ちょうど列車が発車していくところであったが、運転間隔も7分30秒間隔とかなりの頻度なので支障はない。次の8時32分発の843Aに乗り込むと、クロスシートとロングシートが混在している。都会の路線はすべてロングシートだと思っていたので意表を突かれるが、当初は乗客が定員をオーバーして乗り込むことがないようにとの配慮からクロスシート主体の車両であったらしい。ただし、クロスシートではラッシュ時の輸送に支障を来たすため、当然のように一部のロングシート化が図られているとのことだ。

 日暮里を出た列車はすぐに直角に左手に曲がり、尾久橋通に出る。基本的に日暮里・舎人ライナーは尾久橋通上にある高架を走行する。都心の新線が用地買収で路線を伸ばすことは不可能に近く、基本的には地下鉄も含めて道路上に路線を伸ばすしかない。

 ビルの谷間をかすめて最初の停車駅である西日暮里へ。山手線や京浜東北線との並走区間であるが、日暮里・舎人ライナーの西日暮里はJRの西日暮里駅から200メートルほど離れている。

 熊野前では都電荒川線と交差し、すぐに隅田川、続いて荒川を渡る。思っていたよりも沿線の風景は変化に富み、退屈はしない。

 しばらく住宅街を走行した後、広大な舎人公園が現れる。計画では舎人公園で下車して公園を散策する予定であるが、あいにくの雨模様なので見送り。都心に51.3ヘクタールもの公園が存在するのは、かつては防空緑地であったからである。現在も一部は造成中で、最終的には69.5ヘクタールになる予定。園内には陸上競技場や野球場、テニスコートなどが整備されている。

 路線名にもなっている舎人を経て、終点の見沼代親水公園に到着。21分間の日暮里・舎人ライナーの初乗りは無事に終了した。

 こちらも公園を名乗っているが、舎人公園とは対照的に用水路沿いの遊歩道が見沼代親水公園を呼ばれているらしい。見沼代用水は、1728年(享保13年)に幕府の役人であった井沢弥惣兵衛為永が新田開発のために、武蔵国に普請した灌漑農業用水である。現在は水辺のプロムナードといった雰囲気だ。

 見沼代親水公園の駅近くにも小さな公園が設けられており、本来は憩いの場として機能しているのだろうが、あいにくの天気で人気はない。雨足が強くなってきたので、散策を切り上げて駅に戻り、今度は車両先頭のかぶりつき席に陣取って、日暮里へ引き返した。

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