旅の足跡
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Author:tabito
国内旅行業務取扱主任者、一般旅行業務取扱主任者の資格を取得。全国47都道府県、世界約30ヶ国を旅する。日本の鉄道全線踏破を目標としているが、相次ぐ新線開業に加え、多忙につき足踏み状態。



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富山地方鉄道(大阪線)♪
富山地方鉄道バス

富山駅前12:10(14便)16:47京都深草

 北陸新幹線の開業を2014年に控えて、立体化工事が進められている富山駅前の高速バス乗り場から、富山地方鉄道の高速バス大阪(梅田)行きの昼行便に乗り込む。富山-京都・大阪間は、本来は2往復体制であるのだが、2010年9月17日から2011年3月31日までの期間限定で2往復が追加運行され、毎日4往復体制となっている。阪急バスとの共同運行で、14便は富山地方鉄道の車両であった。昼行便ではあるが、独立3列シートになっており、快適性は確保されそうだ。かつて利用した京都-金沢間の京阪バスは4列シートであったため、窮屈な感覚は否めなかった。

 車内には、ウォーターサーバーと緑茶とほうじ茶のティーパック、おしぼりが備えてあった。阪急バスであれば、インスタントコーヒーもあるらしいのだが、共同運行のバスは、担当会社によってこのような微妙なサービスの相違が出てくる。さっそく、ティーバックのお茶にお湯を注いでみたが、始発だったのでまだお湯は十分に沸騰していなかった。

 指定された座席は2列目の中央であったが、運転手より窓側が良ければ最後部の窓側が空いているので移っても良いとの有難い言葉をもらったが、最後部の座席には茶髪の若者のグループが乗り合わせていたので見合わせる。休憩場所のサービスエリアで降りるのにも車両前方が都合がいい。

 高速バスは、富山駅前からまっすぐ国道41号線を南下し、総曲輪、富山市民病院前、西上袋と近距離の路線バス並に停車し、お客を拾っていく。どの停留所からも数名ずつお客が乗り込み、鉄道に対抗するための極め細やかなサービスである。富山12時06分発の「サンダーバード24号」であれば、大阪到着は15時37分。バスよりも2時間以上も早く到着するので、運賃だけでは勝負にならないのであろう。1998年には当時、この区間の高速バスに参入していた南海電鉄が撤退し、休止に追い込まれた経過もある。

 日本中央バスで6時間前に降りてきたばかりの富山インターチェンジから再び北陸自動車道に入る。神通川の手前の川岸には富山空港の滑走路が広がっており、富山空港はこんなところにあったのかと驚く。離着陸する飛行機に目を奪われるドライバーが多いのか、注意喚起を促す看板が掲げられていた。

 バスはこのまま北陸自動車道を走るのではなく、30分もしないうちに砺波インターチェンジを降り、JR城端線の砺波駅前に立ち寄る。ローカル線の途中駅に立ち寄ったところで利用者がいるとは思えなかったのだが、城端駅前からも数名が乗り込んできた。砺波だけではなく、高岡からの利用者もここから乗車してくるのかもしれない。

 金沢市郊外を走り抜けて、最初の休憩場所である尼御前サービスエリアに到着。あまり聞きなれない地名であったが、地図を確認すると片山津温泉の近くであることが判明する。尼御前は、源義経の従女として、義経一行の奥州行きに同行していたが、難所の安宅関超えに際して、「女の私がいては足手まといになる」と身を案じてこの岬から身を投げたという伝説が残っている。反対車線のサービスエリアからであると、尼御前岬にも行くことができるらしい。

 尼御前から北陸自動車道は日本海からしばらく離れる。九頭竜川を渡ると、北陸自動車道の下にレールが続いており、えちぜん鉄道が走っている姿が見えた。いくつかの停留所に立ち寄り、サービスエリアでの休憩もあったので、退屈せずに過ごしてきたが、早いものでもう福井市内に入っている。

 日本海との再会は敦賀湾。敦賀インターチェンジの近くでは、かつて敦賀駅から夜道を歩いてたどり着いた「敦賀きらめき温泉リラ・ポート」が視界に入る。1957年に着工した北陸トンネルを掘削したときに湧き出た敦賀トンネル温泉に入浴できる貴重な施設だ。かつては国民宿舎敦賀荘で入浴できたのであるが、現在は閉鎖されてしまった。現在、敦賀トンネル温泉に入浴できる施設は、「北国グランドホテル」と「リラ・ポート」だけである。

 神田パーキングエリアで2度目の休憩。こちらも聞きなれない地名であるが、長浜市の南部に位置し、パーキングエリアからは東海道新幹線を確認することができた。パーキングエリアには小さな売店があるぐらいで、どうせ休憩するのであればサービスエリアを選んでもらいたいものだ。2時間に1回の休憩時間を確保するためにはやむを得ないのであろうが、休憩で立ち寄るサービスエリアも高速バスの楽しみのひとつなのであるから工夫が欲しい。

 栗東インターチェンジを過ぎた辺りから交通量が増えてきたが、定刻の16時47分頃に京都深草に到着。京都深草は京阪電鉄藤森駅に近く、ここから大阪市内方面へは渋滞が予想されることから、急ぐ場合は京阪に乗り換えることも検討した方が良さそうだ。バス代の差額400円で淀屋橋まで行くことができる。

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テーマ:国内旅行 - ジャンル:旅行

春日温泉♪
大沢野ウェルネスリゾートウィンディ

 「おおさわの石仏の森」と「ふれあい石仏の里」から笹津駅に戻るが、富山へ戻る前にもう1箇所立ち寄っておきたいところがある。神通川沿いにある春日温泉だ。笹津駅からは「おおさわの石仏の森」や「ふれあい石仏の里」と反対側に10分ほど歩いた場所にある。周辺は春日公園として整備されており、こちらにも神通川第三ダムが構えている。

 春日温泉は大沢野の豪農であった内野家の主人に菩薩のお告げがあり、主人がお告げに従って掘り当てたと伝えられている。「リバーリゾート雅楽倶」や「ゆーとりあ越中」といったホテルが並んでいたが、なんとなく敷居が高そうな気がしたので、気楽に入れそうな公共の施設である「大沢野健康福祉センター」に足を向ける。公共の施設なので、老朽化した建物の温泉なのだろうなと思ったら、「大沢野ウェルネスリゾートウィンディ」と名乗るスポーツジムやレストランを備えた立派な施設で驚く。

 プールやバーデゾーンもあるが、時間の関係で今回は入浴のみとする。600円の入浴券を自動販売機で購入し、2階の浴場に向かう。内風呂だけかと思ったら、露天風呂も完備されており、紅葉の始まった神通峡や神通川第三ダムを眺めながら春日温泉の湯に浸かる。サラッとした無色透明のナトリウム塩化物泉であるが、塩分を多く含む源泉と鉄分を多く含む源泉の2種類が引かれているという。周囲は地元の常連客ばかりのようであるが、観光客が訪れても十分に満足できる施設であった。

営業時間 10時~22時(12~3月および日曜・祝日は21時)
休 館 日 第2火曜日・第4火曜日


テーマ:温泉 - ジャンル:旅行

日本中央バス♪
日本中央バス


さいたま新都心東口23:30(日本中央バス)6:00富山駅前

 深夜のさいたま新都心駅東口から日本中央バスの富山・金沢行きに乗車する。日本中央バスは、群馬県前橋市に本社を置く会社であるが、首都圏発着の夜行バスにも積極的に参入しているバス会社である。3年前に京都から高崎まで乗車した経験があるが、ガラの悪い運転手の横柄な態度に閉口し、こんなバスには2度と乗るかと思ったものだ。そんなバス会社に再度、乗車しようと思ったのは、11月30日までの期間限定で、運賃の割引を行っていたからである。今回利用したのはさいたま新都心駅東口から富山駅前までであったが、運賃は本来の6,500円が5,500円。これでも週末料金で、日曜日から木曜日の乗車であれば、さらに500円引きになっていた。安かろう悪かろうを承知のうえで割り切って利用しようと考えた次第である。

 当日は銀座で友人と飲み、有楽町駅から山手線に乗り、上野で高崎線に乗り継いで、さいたま新都心にたどり着く。国鉄の大宮操車場跡地を開発したさいたま新都心も、街開きから10年を経て、すっかり都会の街の装いになっている。ショッピングセンター「コークン新都心」の前に日本中央バスの停留所を発見し、バスの到着を待つ。バスの始発はグランドプリンスホテル赤坂。22時に赤坂を出発したバスは、ホテルグランドヒル市ヶ谷、新宿・ヒルトン東京を経て、さいたま新都心駅東口にやって来る。銀座にいるのであれば、赤坂から乗車してもよさそうなものだが、赤坂に22時では21時過ぎには切り上げないといけない。さいたま新都心東口からの乗車であれば、22時過ぎまで銀座で粘っても余裕で間に合うのである。運賃も赤坂乗車よりも500円安くなり、有楽町からさいたま新都心までのJRを利用しても450円で済むのだから50円の節約だ。いや、銀座から赤坂までの東京メトロの運賃160円も節約できるので、210円の節約か。いずれにしても、高速バスを利用するときは、郊外から乗車した方が時間もお金も節約できるケースが多い。

 バスは出発時刻である23時30分の5分前に現れた。日本中央バスは、バウチャーに座席指定がされておらず、乗車時に運転手から乗車場所を指定される。前回は乗車時に客の名前を呼び捨てにしたり、指定された場所と異なる座席に座ろうとした乗客に「そこじゃねえよぉ」などと怒鳴るサービス業とは思えない運転手に遭遇したが、今日の運転手は言葉遣いも丁寧で、特段の問題は見受けられなかった。他社では当たり前のことであるが、日本中央バスの運転手は通常の対応をするだけで、ものすごくレベルが高い接客だと感じてしまう。いや、さすがに前回の運転手が酷過ぎたのか。

 バスは定刻に発車し、最後の乗車地である川越駅西口に立ち寄る。川越駅西口は、ダイヤ上は23時59分発となっているが、実際は0時10分ごろに到着した。途中、渋滞に遭遇することもなかったので、本来はそのぐらいの時間になるところを、乗客が間違えて乗車券を購入しないように23時59分発という中途半端なダイヤにしたのであろう。

 川越インターチェンジから関越自動車道に入ったバスは、高坂サービスエリアで最初の休憩。高坂サービスエリアを出発すると、車内は消灯される。私は独立3列の中央席であったが、左右の窓側に座った乗客が、カーテンの隙間から外を眺めるので、街灯の明かりが車内に入り込んでチカチカする。夜行列車では防犯上から望ましくないと思っていたアイマスクも、夜行バスでは必需品かなとも思う。

 しばらく眠り、バスが2度目の休憩のために停車したので降りてみる。日本中央バスの特徴は、夜中の休憩でも車内に閉じ込められることなく、自由に降りられるところにある。もっとも、出発時には点呼が行われるので、ずっと眠っていたい人にとっては、眠りを妨げられる弊害がある。私は、深夜でも狭い車内よりも手足を思いっきり伸ばせる休憩が時折入るのが有難いため、日本中央バス方式を歓迎する。

 さて、寝ぼけ眼で降り立ったサービスエリアは、さすがに寒い。売店に駆け込むと新潟名産の柿の種が並んでおり、ここが新潟県の越後川口サービスエリアであることに気付く。てっきり、上信越道をたどると思っていたので驚きだ。列車で言えば、かつての碓井峠越えをしていた「能登」ではなく、長岡経由の「北陸」ルートに近い。

 最後の休憩は、富山県の有磯海サービスエリアで、こちらの売店には名物のほたるいかが並んでいた。高速バスのサービスエリアめぐりもなかなか楽しいものである。休憩時間が10分から15分程度なので、フードコートすら利用できないのは少々難点ではあるが・・・。

 富山駅前には定刻の6時に到着した。前回、利用したときは、未明の高崎駅に定刻よりも1時間早く到着し、迷惑をしたものであるが、今回は路線バスらしく、定時を保ってもらうことができた。日本中央バスの真価を判断するためには、少なくとももう1度ぐらい乗車しなければならないであろう。


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ふれあい石仏の里♪
ふれあい石像の里① ふれあい石像の里② ふれあい石像の里③

 「おおざわの石仏の森」から神通川に沿って更に楡原方面へ進む。県道188号線の道幅は狭くなり、雑木林からザザザッと獣が移動する音がして、思わず身構えてしまう。この辺りはイノシシが出るのだろうか。そう言えばこの先にあるのは猪谷もイノシシに縁がある地名だ。

 幸いにもその後、イノシシにも遭遇することなく、10分も歩けば目的地の「ふれあい石仏の里」にたどり着いた。こちらにも先客はなく、管理棟らしき建物にも人の気配はない。こちらも古河睦雄氏によって創設された施設で、敷地内にはやはり中国の彫刻家である盧進橋氏の手による石像が並ぶ。「おおざわの石仏の森」には、五百羅漢尊者500体が安置されていたが、こちらにも五百羅漢尊者300体が並べられており、合わせて800体の八百羅漢像を形成している。

 特筆すべきなのは、「ふれあい石仏の里」には、八百羅漢尊者像の他に、平凡な人物像が別に420体も並んでいることだ。台座には名前が刻まれており、八百羅漢尊者像と同様に多種多様な表情をみせる。これらの石像は、古賀氏と交流のある人たちのもので、先生、知人、友人、社員、親戚などを片っ端から石像にしたとのこと。入口にある石碑には「水魚の交」と刻まれており、古河氏の人脈を重んじる姿勢には恐れ入るが、自分の石像を見た周囲の人々はどんな思いであったのだろうか。

 自分の銅像を造る人は多いが、他人の石像をここまで造る人は恐らく世界でも古賀氏ぐらいのものであろう。ちなみに、古賀氏の石像だけは、ここではなく「おおざわの石仏の森」に置かれていた。


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おおざわの石仏の森♪
おおざわの石仏の森① おおざわの石仏の森② おおざわの石仏の森③

 北陸新幹線の工事のため、仮駅舎に引っ越した富山駅の構内にある「立山そば」で「天ぷらそば」と「ぶり寿司」の朝食を済ませて、7時25分発の高山本線猪谷行き846Dに乗り込む。この区間の列車に乗るのは、実に9年半ぶりとなる。当時は猪谷から神岡鉄道が分岐しており、囲炉裏列車が走っていたものだが、神岡鉄道も4年前に廃止されてしまった。その後も高山本線には何度か足を運んでいるが、京都に住んでいるとどうしても岐阜からの利用となってしまう。

 車内は土曜日であるにもかかわらず、サラリーマンや高校生の姿が多い。もっとも、車内は立ち客が出るほどではなく、私もボックス席を一人占めできたぐらいなので、利用客の数はしれている。サラリーマンは日産化学工業の工場が立ち並ぶ速星で下車し、高校生の姿も越中八尾までにすべて消えた。2両のディーゼルカーに乗っているのは一人旅の旅行者が私を含めて3人だけだ。もしかしたら、残りの2人も私と同じ場所へ行こうとしているのではないかと勘ぐってしまう。今回の目的地はいわゆるB級観光地と呼ばれる不思議スポットなので、あまり観光客で賑わっているよりも、一人でしみじみと観光したいと考えていたので、同士が2人もいるのは少々煩わしい。そんなことを考えていたが、まったくの杞憂であった。8時10分の笹津で846Dから降り立ったのは、私だけであったのだ。

 無人駅ながら待合室も完備され、立派な装いの笹津駅を後にし、しばらく線路沿いに猪谷方面へ歩く。卒園児の似顔絵が壁面に描かれた笹津保育所の前を通り過ぎる。比較的交通量の多い越中東街道を横切り、神通川沿いにしばらく歩く。神通川に築かれた神通川第二ダムを経て、笹津駅から20分少々で目的地の「おおざわの石仏の森」に到着した。

 「おおざわの石仏の森」には、如来、菩薩、明王、天部、比丘70体、五百羅漢尊者500体の合計570体が安置されている。五百羅漢像は全国各地でも見掛けるし、特段に珍しいものではないが、「おおざわの石仏の森」は福利厚生施設であって、宗教的意義が皆無であるというのだから驚きだ。無料休憩所には「医療法人社団城南会」との看板が掲げてある。残念ながら無料休憩所の開館時間は4月1日から11月20日まで(火曜日休館)の9時30分から17時までとなっており、今年の営業は1週間前に終了したばかりであった。

 「おおざわの石仏の森」の発願者は地元の実業家である古河睦雄氏であり、私財を投げ打って570体の石像を設置したという。石像を造ったのは中国の彫刻家である盧進橋氏であり、「おおざわの石仏の森」は、富山の観光資源だけではなく、盧進橋氏の作品を広める目的もあったという。敷地内に所狭しと並んでいる五百羅漢尊者は、ユニークな格好をしたものが多い。一体ごとに「○○○○者」という具合にタイトルが示されているが、風化されていて判読は困難である。すべての石像をじっくりと眺めていては時間がいくらあっても足りないので、歩きながら石像の様子を眺める。それでも一通り眺めるのに30分以上はかかってしまった。


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