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Author:tabito
国内旅行業務取扱主任者、一般旅行業務取扱主任者の資格を取得。全国47都道府県、世界約30ヶ国を旅する。日本の鉄道全線踏破を目標としているが、相次ぐ新線開業に加え、多忙につき足踏み状態。



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島原鉄道①♪
島原鉄道(瀬野深江)  普賢岳  みずなし本陣


島原外港15:19(125)15:24安徳…雲仙岳災害記念館(がまだすドーム)…みずなし本陣…瀬野深江17:47(136)18:03島鉄本社前

 島原鉄道が今年3月末日をもって島原外港-加津佐間の廃止を発表したのは、2007年1月1日のこと。既に島原鉄道は乗車済みであり、島原半島にも過去2回出掛けていることから、再訪するかどうか迷ったが、日本航空の株主優待券が1枚余っていたこともあり、2月の3連休を利用してお別れ乗車を試みた。当初は同じく3月のダイヤ改正で廃止が発表された寝台特急「あかつき」の利用を考えたが、こちらも廃止間際の葬式景気で寝台券が確保できなかった。やむなく、高速バスで天神へ出て、西日本鉄道と島原鉄道の高速船を利用して島原入りを目指す。殺風景な三池港で小ぶりな高速船「島鉄1号」を見たときは船酔いを覚悟したが、島原までの50分間をほとんど居眠りして過ごしたので足取りは軽い。今回は、西日本鉄道の「島原半島フリーきっぷ」利用なので、島原港の窓口で、引換券を明日から有効開始となる「島原半島内の列車・バス2日間フリー乗車券」と交換する。

 4月からは島原鉄道の終着駅となる島原外港駅へ赴けば、建て付けの悪い扉の駅舎が健在。初めて島原外港を訪問したのはまだ大学生だった1996年2月28日のこと。当時は1993年4月28日に発生した土石流の被害により、島原外港-深江間が不通となったままであった。このため、列車は諫早-島原外港間、深江-加津佐間の折り返し運転を実施し、南島原-深江間は代行バスが運行されていた。島原鉄道に乗ることを目的としていた私は、南島原ではなく、島原外港まで列車を乗り通し、島原外港から代行バスならぬ代行タクシーを利用した。平日の昼間で乗客が少なく、タクシーに乗客5人がすし詰め状態となった記憶がある。タクシーから眺める深江地区は、土石流から3年近く経つのに道路以外は復興されている様子がなく、阪神淡路大震災後の神戸とは対照的であった。その後、1997年4月1日に島原外港-深江間の高架化が完成し、島原鉄道は運行を再開。2002年11月3日に一足早く運行を終了したトロッコ列車で、島原外港-深江間を往復した。

 島原外港で安徳までの乗車券を購入すると嬉しいことに硬券切符だ。全国的に記念切符ぐいらいでしか硬券切符を見掛けなくなったが、島原鉄道ではまだまだ現役で硬券切符が使われているようだ。次の列車まで30分近く時間があるので、立派なフェリーターミナルの近くにある泉源公園の足湯で過ごした。

 黄色いワンマンカーは制服姿の高校生と鉄道ファンで賑わっている。島原外港からは3月末日に廃止となる区間であるが、高校生の利用率は高そうで、地元では島原鉄道廃止後の通学の足の確保が問題となっている。

 次の秩父が浦から高架区間に入り、下車駅の安徳は高架駅となっていた。安徳で下車したのは私の他に地元の乗客が2人だけで、鉄道ファンらしき人物で腰を上げた者はいなかった。安徳からは雲仙岳の土石流が堆積してできた埋立地に建つがまだすドーム(雲仙岳災害記念館)を目指す。がまだすドームは1990年11月に始まった平成噴火から1996年6月までの噴火終息宣言までの記録を後世に伝えるために設立された施設である。館内には美人コンパニオンが何人も待機しており、華やかなムードさえ漂っているので多少戸惑う。不謹慎と感じる人もいるのかもしれないが、堅苦しくしては訪問者が少なくなるだけだろうし、テーマパーク風にして興味を持たせようという配慮なのであろう。館内は平成大噴火当時の映像や火砕流や土石流に埋もれていた遺物を公開している。火砕流や土石流を体験できる「平成大噴火シアター」なる施設もあったが、体験と称するには少々物足りない。もう少し恐ろしさを強調しなければ、自然の脅威を安易に考える子供が出てきてしまうのではなかろうか。

 がまだすドームを後にし、同じく当時の様子を伝える道の駅みずなし本陣を目指す。土石流で一躍有名になった水無川の河畔にある道の駅で、こちらにも火山学習館、大火砕流体験館といった施設がある。がまだすドームの施設と比較すると面白いかなと考えていたが、蛍の光が流れてくる。時刻はまだ17時前で、ホームページでは18時まで営業となっていたはずなのだが冬場は早仕舞いか。仕方がないので土石流被災家屋保存公園だけを足早に一回りして退散する。

 帰りは瀬野深江から島原鉄道を利用する。この辺りも火砕流や土石流の被害にあったと思われるのだが、ビニルハウスが立ち並び、完全に立ち直った様子だ。分譲地もあったが、外部からわざわざやって来て住みたいとは思わない。夕暮れの普賢岳を眺めながら、初日の旅を終えた。
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