旅の足跡
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Author:tabito
国内旅行業務取扱主任者、一般旅行業務取扱主任者の資格を取得。全国47都道府県、世界約30ヶ国を旅する。日本の鉄道全線踏破を目標としているが、相次ぐ新線開業に加え、多忙につき足踏み状態。



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花輪線♪
小坂駅 康楽館 小坂鉱山事務所


盛岡5:41(1925D)7:46十和田南…七滝温泉…芦名沢入口8:46(秋北バス)8:54御成町…旧小坂駅…康楽館…小坂鉱山事務所…郷土館…中前田11:19(秋北バス)11:39十和田南11:42(快速八幡平)11:50鹿角花輪…尾去沢マインパーク…鹿角花輪14:52【14:45】(1931D)15:45【15:37】大館15:50【15:40】(653D)17:12青森18:03【17:43】(特急スーパー白鳥32号)18:40【19:18】八戸19:58(はやて34号)23:08東京

 早朝に盛岡のホテルを出発し、盛岡駅のIGRいわて銀河鉄道乗り場へ向かう。東北新幹線の盛岡-八戸間の開業と同時にJR東日本は新幹線に並走する在来線を切り捨て岩手県内のレールは第三セクターのIGRいわて銀河鉄道が引き受けた。採算性がないからJR東日本は切り捨てたのであり、地元としては大きな負担を抱え込む形になり、新幹線開業の恩恵がどれだけあるのか疑わしい。

 盛岡5時41分の普通列車は、好摩からJR花輪線に入る。花輪線が事実上、盛岡-大館間で運行されている実情を考えれば、盛岡-好摩間はJR線として残しても良さそうなものであるが、盛岡市近郊の乗客を確保できなくなるのでIGRいわて銀河鉄道はいい顔をしないし、JR東日本としても不採算路線は少しでも多く切り捨てたかったのかもしれない。

 JR花輪線は数少ない未乗区間であるうえ、最近の流行であるステンレスカーではなく、旧国鉄型の重厚な車両で運行されるため風情がある。途中、小屋の畑から小学校の低学年ぐらいの子供が1人で隣のボックスに乗って来た。荷物も持っていないので、どこへ行くのか不思議に思っていたが、やがて線路沿いの国道282号線を列車に並走する乗用車を確認する。乗用車には、小学生の両親らしき人が乗っており、しきりに車内の様子を気にしている。おそらく列車に1人で乗る訓練をさせていたのだろう。子供は次の荒屋新町で降りたので、両親と合流するのであろう。

 進行方向が変わる十和田南で下車する。十和田湖の玄関口の駅でもあるが、湖畔まで30キロぐらい距離があり、およそ観光とは無縁の装いだ。これから目指すのは十和田湖ではなくて、かつて鉱山で栄えた小坂町。ところが小坂へ行くバスは1時間近く来ないため、小坂方面へぶらぶらと歩き、途中でバスを捕まえることにする。東北自動車道を左手に国道282号線を歩いていくと、やがて「毛馬内七滝温泉」の看板を発見した。温泉の情報はまったくチェックしていなかったが、バスの待ち合わせ時間を温泉で過ごせるなら好都合だ。「毛馬内七滝温泉」は国道282号線から数百メートル離れたところにあったが、地元のお客で朝からそこそこの賑わい。350円の入浴料を支払って浴場に入れば、木枠の内湯と岩の露天風呂があり風情がある。「虫や動物と仲良くしましょう」というほのぼのとした注意書きも気に入った。

 温泉近くの芦名沢入口で小坂行きの秋北バスを捕まえる。10分もしないうちに小坂町の中心街に入る。どこで降りるかは決めていなかったが、小坂鉄道の踏み切りを超えたところで降車ボタンを押す。同和鉱業小坂鉄道は、小坂-大館間を結ぶ鉄道で、1994年(平成6年)までは旅客営業も行っていた。山越えの鉄道で、地図を見ても秘境と呼ばれる山間部を走り抜ける路線であることがわかる。1度も乗ることなく廃止されてしまったが、鉄道自体は現在でも濃硫酸を運ぶ貨物専用線として顕在している。小坂駅は廃止から10年以上も経ったというのに当時の装いを残しており、その気になればいつでも再開できそうな雰囲気だ。実際に期間限定で旅客列車を運行しようとの計画が持ち上がったこともありようだが、国土交通省の許認可や秋田内陸循環鉄道からの車両の借り入れが必要になるなど問題が多いとのこと。

 次に立ち寄ったのは、日本最古の現役芝居小屋である康楽館。小坂鉱山の従業員と家族の慰安施設として立てられたもので、外観は正面屋根のアメリカ木造ゴシック建築の影響を受けた軒飾り、唐草がからんだ棟飾りなど、白亜の西洋建築である。入口では常設公園の見学も進められたが、時間の制約があるので康楽館・鉱山事務所・郷土館の3館共通券(900円)を購入する。館内は係員が案内に従って、花道や切穴(すっぽん)、回り舞台、昔ながらの桟敷席を見てまわる。まるで江戸時代にタイムスリップしたような和風芝居小屋で、楽屋には若き頃の平幹二郎(朗)、仲代達矢や東野英治郎をはじめ、これまで出演した多くの役者たちの落書きが残されていた。

 康楽館を見渡すように位置する小坂鉱山事務所は、白亜の木造3階建て、屋根の3つのドーマーウィンドー(飾り窓)と外壁に連続する三角形のペディメント(窓飾り)付き上げ下げ窓が、ルネッサンス風外観の基調となっている。正面中央のサラセン風あるいはイスラム風といわれるバルコニー付きポーチからは観光客が顔を出しては写真を撮っている。事務所内に入ると玄関ホールから3階まで突き抜けるらせん階段が見事な曲線美を描いており、事務所というよりも西洋の豪邸だ。貸し衣装もあり、白いドレスを着た若い女性が庭園で写真撮影をしていた。

 最後は小坂町の鉱山の歴史、文化を中心に豊富な資料を展示している総合博物館「郷土館」へ。十和田湖の生い立ちから小坂町の自然までをグラフ・写真・ジオラマ等で、ビジュアル的に紹介している。屋外には秩父宮、高松宮両殿下がご乗車になったという由緒あるSL貴賓車と小坂鉄道が使用していたディーゼル客車が保存されており、子供や鉄道ファンは喜びそうだ。

 中前田から秋北バスに乗り十和田南駅へ戻る。時刻表通りであれば11時39分に十和田南駅に到着し、3分の接続で「快速八幡平」に乗り継げるはずなのだが、バスは遅れてやって来たうえ、一向に遅れを取り戻す気配はない。十和田南駅前に到着したのは「快速八幡平」の発車1分前で、改札口を駆け抜けると駅員が驚いたように「乗るの?」と尋ねる。数少ないバスからの乗り継ぎ客の有無くらい確認してもよさそうなものだが、バスと鉄道はまったく連携をとっていないようで困ったものだ。こんなことをしていれば、鉄道離れ、バス離れを加速するだけである。

 鹿角花輪駅前のコインロッカーに荷物を預けて尾去沢マインランドを目指す。1200年の歴史を誇った尾去沢鉱山のうち全長1.7キロを「鉱山歴史の坑道」と称する観光坑道として公開しているのだ。鹿角花輪駅からはバス路線があるものの1日2往復で使いものにならない。6キロぐらいあるが時間があるので歩いて行く。尾去沢の集落を抜けると寂しい山道で心細くなるものの、マインランドへ向かうと思しき自動車は頻繁に通るので心強い。

 1時間少々でたどり着いた尾去沢マインランドは、広大な駐車場に自動車がズラリと並んでおり想像以上の施設である。とにかく滝のように流れる汗を抑えたいので、鉱山歴史の坑道とシューティング・アドベンチャーの共通券(1,800円)を購入して、坑道に逃げ込む。坑道内の気温は12度前後なので上着を持参するように注意書きがあるが、少なくとも今の私には不要である。

 入口ではマグシーバー(携帯用説明機)を渡され、説明に従って坑道内を歩いていく。坑道内は約900万年前の地殻が露出している様子や鉱山の採掘の様子が再現され、自然の尊さや産業の歴史に触れることができる。単なる坑道というよりも、坑道を利用した博物館と考えた方がよさそうだ。30分ぐらいで1周することができるが、天然クーラーが終わってしまうと思うと名残惜しい。

 もうひとつのシューティング・アドベンチャーは、カートに乗って移動しながら次々と現われる標的を射撃して回るシューティングゲーム。これだけなら面白味はないのだが、坑道を利用して1周20分800メートルのコースを作ってしまうのだから恐れ入る。レーザーガンを持っていざ出陣したが、途中で引き金を引くのに疲れて成績は散々であった。

 帰りは下り坂だからと思っていたが、意外に時間がかかり、だんだんと花輪線の発車時刻となる14時45分が近づいて来る。最後はガムシャラになって走り、コインロッカーに荷物を回収してホームに駆け込む。ところが、発車時刻になっても列車は現われない。乗客がまだホームに残っているので乗り遅れたわけでもあるまい。時間を間違えたのかと時刻表を確認しようとしたら、まもなく7分遅れとのアナウンスがあり、そのままホームに座り込んでしまった。

 7分遅れの花輪線の普通列車は非冷房車両。マインランド尾去沢から走ってきた汗を止めるため、窓を全開にしていると、沿線の木々で怪我をする可能性があるので気を付けるようにとアナウンスがある。列車は停車時間を切り詰めて回復運転を図るためか、停車する度に「すぐの発車になります」と車掌が叫ぶ。それでも遅れは一向に回復せず、遅れを持ち越したまま奥羽本線を跨いで大館に到着。接続待ちをしていた青森行き普通列車に乗り込み、ロングシートに腰掛けるとすぐに眠ってしまった。

 気が付けば青森到着前で、大館で接続待ちのため10分遅れていたはずの列車は定刻に戻っていた。青森からは「スーパー白鳥32号」と「はやて32号」の乗り継ぎで家路につく予定であった。ところが、発車時刻が近くにホームへ移動すると、海峡線内の人身事故で「スーパー白鳥32号」は遅れるとのアナウンスがある。具体的に何分程度遅れるのかがはっきりしないのでホームで待ちぼうけ。やがて、「スーパー白鳥32号」が入線してきたが、函館始発なのに乗客がいない。聞けば車両運用の都合で、函館発の「スーパー白鳥32号」は青森で運転を打ち切り、青森からは別編成の「スーパー白鳥32号」を運行するという。しかも、函館からの乗客に配慮するため、青森からの乗客は、函館からの乗客が乗り込んだ後でなければ乗車できないという。自由席客ならまだしも指定席客なら問題ないようにも思うが、荷物の置き場などいろいろ文句を言う人がいるのであろう。

 青森を20分遅れで「スーパー白鳥32号」は発車した。気になるのは八戸で乗り継ぐ「はやて32号」であるが、車掌は仕切りに「はやて32号」は接続待ちをするとアナウンスする。八戸駅周辺の様子を見る余裕はなくなったがやむを得ない。ところが三沢到着直前に先行列車が遅れているとの理由で立ち往生し、八戸に到着したのは38分遅れの19時18分。それでも車掌は最後まで「はやて32号」は接続待ちをしていますと言い切った。

 人込みを掻き分けて新幹線ホームに急ぐ。いくら接続待ちをするとは言え、「はやて32号」を遅らせることは、東京を拠点とするJR東日本の新幹線網に影響を及ぼす。見切り発車だってしかねないと思っていたら案の定、新幹線ホームでは拡声器を使って「はやて32号」は定刻に発車したので、1時間後の「はやて34号」に振替えるとのアナウンスをしているではないか。駅員に詰め掛ける乗客もいるが、本来の「はやて34号」の乗客だっているのだし、はやくしないと「はやて34号」の指定券すらなくなってしまう。すぐに振替え手続きをしている窓口の列に並び、なんとか「はやて34号」の指定席を確保した。「はやて34号」に乗ってみれば、指定席券を入手できずにデッキに座り込む人の姿もある。気の毒だが半額払い戻しだろうし、東京まで3時間の辛抱だ。外はすっかり日が暮れて、もはや車窓を楽しむこともできない。また、いずれ乗る機会もあるだろうし、東京までの3時間は睡眠に当てた。
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