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Author:tabito
国内旅行業務取扱主任者、一般旅行業務取扱主任者の資格を取得。全国47都道府県、世界約30ヶ国を旅する。日本の鉄道全線踏破を目標としているが、相次ぐ新線開業に加え、多忙につき足踏み状態。



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日本中央バス♪
日本中央バス


さいたま新都心東口23:30(日本中央バス)6:00富山駅前

 深夜のさいたま新都心駅東口から日本中央バスの富山・金沢行きに乗車する。日本中央バスは、群馬県前橋市に本社を置く会社であるが、首都圏発着の夜行バスにも積極的に参入しているバス会社である。3年前に京都から高崎まで乗車した経験があるが、ガラの悪い運転手の横柄な態度に閉口し、こんなバスには2度と乗るかと思ったものだ。そんなバス会社に再度、乗車しようと思ったのは、11月30日までの期間限定で、運賃の割引を行っていたからである。今回利用したのはさいたま新都心駅東口から富山駅前までであったが、運賃は本来の6,500円が5,500円。これでも週末料金で、日曜日から木曜日の乗車であれば、さらに500円引きになっていた。安かろう悪かろうを承知のうえで割り切って利用しようと考えた次第である。

 当日は銀座で友人と飲み、有楽町駅から山手線に乗り、上野で高崎線に乗り継いで、さいたま新都心にたどり着く。国鉄の大宮操車場跡地を開発したさいたま新都心も、街開きから10年を経て、すっかり都会の街の装いになっている。ショッピングセンター「コークン新都心」の前に日本中央バスの停留所を発見し、バスの到着を待つ。バスの始発はグランドプリンスホテル赤坂。22時に赤坂を出発したバスは、ホテルグランドヒル市ヶ谷、新宿・ヒルトン東京を経て、さいたま新都心駅東口にやって来る。銀座にいるのであれば、赤坂から乗車してもよさそうなものだが、赤坂に22時では21時過ぎには切り上げないといけない。さいたま新都心東口からの乗車であれば、22時過ぎまで銀座で粘っても余裕で間に合うのである。運賃も赤坂乗車よりも500円安くなり、有楽町からさいたま新都心までのJRを利用しても450円で済むのだから50円の節約だ。いや、銀座から赤坂までの東京メトロの運賃160円も節約できるので、210円の節約か。いずれにしても、高速バスを利用するときは、郊外から乗車した方が時間もお金も節約できるケースが多い。

 バスは出発時刻である23時30分の5分前に現れた。日本中央バスは、バウチャーに座席指定がされておらず、乗車時に運転手から乗車場所を指定される。前回は乗車時に客の名前を呼び捨てにしたり、指定された場所と異なる座席に座ろうとした乗客に「そこじゃねえよぉ」などと怒鳴るサービス業とは思えない運転手に遭遇したが、今日の運転手は言葉遣いも丁寧で、特段の問題は見受けられなかった。他社では当たり前のことであるが、日本中央バスの運転手は通常の対応をするだけで、ものすごくレベルが高い接客だと感じてしまう。いや、さすがに前回の運転手が酷過ぎたのか。

 バスは定刻に発車し、最後の乗車地である川越駅西口に立ち寄る。川越駅西口は、ダイヤ上は23時59分発となっているが、実際は0時10分ごろに到着した。途中、渋滞に遭遇することもなかったので、本来はそのぐらいの時間になるところを、乗客が間違えて乗車券を購入しないように23時59分発という中途半端なダイヤにしたのであろう。

 川越インターチェンジから関越自動車道に入ったバスは、高坂サービスエリアで最初の休憩。高坂サービスエリアを出発すると、車内は消灯される。私は独立3列の中央席であったが、左右の窓側に座った乗客が、カーテンの隙間から外を眺めるので、街灯の明かりが車内に入り込んでチカチカする。夜行列車では防犯上から望ましくないと思っていたアイマスクも、夜行バスでは必需品かなとも思う。

 しばらく眠り、バスが2度目の休憩のために停車したので降りてみる。日本中央バスの特徴は、夜中の休憩でも車内に閉じ込められることなく、自由に降りられるところにある。もっとも、出発時には点呼が行われるので、ずっと眠っていたい人にとっては、眠りを妨げられる弊害がある。私は、深夜でも狭い車内よりも手足を思いっきり伸ばせる休憩が時折入るのが有難いため、日本中央バス方式を歓迎する。

 さて、寝ぼけ眼で降り立ったサービスエリアは、さすがに寒い。売店に駆け込むと新潟名産の柿の種が並んでおり、ここが新潟県の越後川口サービスエリアであることに気付く。てっきり、上信越道をたどると思っていたので驚きだ。列車で言えば、かつての碓井峠越えをしていた「能登」ではなく、長岡経由の「北陸」ルートに近い。

 最後の休憩は、富山県の有磯海サービスエリアで、こちらの売店には名物のほたるいかが並んでいた。高速バスのサービスエリアめぐりもなかなか楽しいものである。休憩時間が10分から15分程度なので、フードコートすら利用できないのは少々難点ではあるが・・・。

 富山駅前には定刻の6時に到着した。前回、利用したときは、未明の高崎駅に定刻よりも1時間早く到着し、迷惑をしたものであるが、今回は路線バスらしく、定時を保ってもらうことができた。日本中央バスの真価を判断するためには、少なくとももう1度ぐらい乗車しなければならないであろう。


テーマ:国内旅行 - ジャンル:旅行

ふれあい石仏の里♪
ふれあい石像の里① ふれあい石像の里② ふれあい石像の里③

 「おおざわの石仏の森」から神通川に沿って更に楡原方面へ進む。県道188号線の道幅は狭くなり、雑木林からザザザッと獣が移動する音がして、思わず身構えてしまう。この辺りはイノシシが出るのだろうか。そう言えばこの先にあるのは猪谷もイノシシに縁がある地名だ。

 幸いにもその後、イノシシにも遭遇することなく、10分も歩けば目的地の「ふれあい石仏の里」にたどり着いた。こちらにも先客はなく、管理棟らしき建物にも人の気配はない。こちらも古河睦雄氏によって創設された施設で、敷地内にはやはり中国の彫刻家である盧進橋氏の手による石像が並ぶ。「おおざわの石仏の森」には、五百羅漢尊者500体が安置されていたが、こちらにも五百羅漢尊者300体が並べられており、合わせて800体の八百羅漢像を形成している。

 特筆すべきなのは、「ふれあい石仏の里」には、八百羅漢尊者像の他に、平凡な人物像が別に420体も並んでいることだ。台座には名前が刻まれており、八百羅漢尊者像と同様に多種多様な表情をみせる。これらの石像は、古賀氏と交流のある人たちのもので、先生、知人、友人、社員、親戚などを片っ端から石像にしたとのこと。入口にある石碑には「水魚の交」と刻まれており、古河氏の人脈を重んじる姿勢には恐れ入るが、自分の石像を見た周囲の人々はどんな思いであったのだろうか。

 自分の銅像を造る人は多いが、他人の石像をここまで造る人は恐らく世界でも古賀氏ぐらいのものであろう。ちなみに、古賀氏の石像だけは、ここではなく「おおざわの石仏の森」に置かれていた。


テーマ:国内旅行 - ジャンル:旅行

おおざわの石仏の森♪
おおざわの石仏の森① おおざわの石仏の森② おおざわの石仏の森③

 北陸新幹線の工事のため、仮駅舎に引っ越した富山駅の構内にある「立山そば」で「天ぷらそば」と「ぶり寿司」の朝食を済ませて、7時25分発の高山本線猪谷行き846Dに乗り込む。この区間の列車に乗るのは、実に9年半ぶりとなる。当時は猪谷から神岡鉄道が分岐しており、囲炉裏列車が走っていたものだが、神岡鉄道も4年前に廃止されてしまった。その後も高山本線には何度か足を運んでいるが、京都に住んでいるとどうしても岐阜からの利用となってしまう。

 車内は土曜日であるにもかかわらず、サラリーマンや高校生の姿が多い。もっとも、車内は立ち客が出るほどではなく、私もボックス席を一人占めできたぐらいなので、利用客の数はしれている。サラリーマンは日産化学工業の工場が立ち並ぶ速星で下車し、高校生の姿も越中八尾までにすべて消えた。2両のディーゼルカーに乗っているのは一人旅の旅行者が私を含めて3人だけだ。もしかしたら、残りの2人も私と同じ場所へ行こうとしているのではないかと勘ぐってしまう。今回の目的地はいわゆるB級観光地と呼ばれる不思議スポットなので、あまり観光客で賑わっているよりも、一人でしみじみと観光したいと考えていたので、同士が2人もいるのは少々煩わしい。そんなことを考えていたが、まったくの杞憂であった。8時10分の笹津で846Dから降り立ったのは、私だけであったのだ。

 無人駅ながら待合室も完備され、立派な装いの笹津駅を後にし、しばらく線路沿いに猪谷方面へ歩く。卒園児の似顔絵が壁面に描かれた笹津保育所の前を通り過ぎる。比較的交通量の多い越中東街道を横切り、神通川沿いにしばらく歩く。神通川に築かれた神通川第二ダムを経て、笹津駅から20分少々で目的地の「おおざわの石仏の森」に到着した。

 「おおざわの石仏の森」には、如来、菩薩、明王、天部、比丘70体、五百羅漢尊者500体の合計570体が安置されている。五百羅漢像は全国各地でも見掛けるし、特段に珍しいものではないが、「おおざわの石仏の森」は福利厚生施設であって、宗教的意義が皆無であるというのだから驚きだ。無料休憩所には「医療法人社団城南会」との看板が掲げてある。残念ながら無料休憩所の開館時間は4月1日から11月20日まで(火曜日休館)の9時30分から17時までとなっており、今年の営業は1週間前に終了したばかりであった。

 「おおざわの石仏の森」の発願者は地元の実業家である古河睦雄氏であり、私財を投げ打って570体の石像を設置したという。石像を造ったのは中国の彫刻家である盧進橋氏であり、「おおざわの石仏の森」は、富山の観光資源だけではなく、盧進橋氏の作品を広める目的もあったという。敷地内に所狭しと並んでいる五百羅漢尊者は、ユニークな格好をしたものが多い。一体ごとに「○○○○者」という具合にタイトルが示されているが、風化されていて判読は困難である。すべての石像をじっくりと眺めていては時間がいくらあっても足りないので、歩きながら石像の様子を眺める。それでも一通り眺めるのに30分以上はかかってしまった。


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金太郎号♪
金太郎号

京都駅八条口22:58(金太郎号)7:19新松田駅

 前回の「中央ドリーム京都号」に続いて、関東-関西を結ぶ路線バスに乗車した。今回は2008年(平成20年)10月1日より近鉄バスと富士急行が共同運行を開始した夜行高速バスの「金太郎号」である。従来はあべの橋-新松田間の運行であったが、2010年(平成22年)3月20日からは小田原駅東口まで運行区間を延長した。

 発車時刻の15分前が集合になっていたので、22時40分に京都駅八条口に向かう。この時間帯はツアーバスが頻繁に八条口から発車するので、即席のカウンターがずらりと並び、ツアーバスの受付に並ぶ旅行者が意外に多い。路線バスの予約ができなかったというよりも、ツアーバスが安いという固定観念ができあがってしまっているのだろう。ツアーバスが安いのはウィークデーだけであって、週末の料金は路線バスよりも高くなるという逆転現象が生じていることに気が付かない旅行者も多い。

 京都駅八条口の一角には、近鉄バス専用の停留所が設けられており、学生のバイトらしき案内係が2名待機している。こちらも頻繁に各方面への高速バスが出発する。22時48分には、川越、坂戸経由熊谷行きの「ウィングライナー」が発車した。かつて関東-関西を結ぶ夜行バスと言えば、東京、新宿、東京ディズニーランドぐらいだったのに、随分ときめ細やかな路線網が発達したものだ。

 22時50分過ぎに「金太郎号」も到着。長距離バスに1分単位のダイヤが順守できるのか疑問に感じていたが、余裕のあるダイヤ設定にしてあるのだろう。バウチャーには「近鉄バス」と記されていたので、近鉄バス車両の運行かと思ったら、現れたのは富士急行の車両であった。車体に「富士急行 Resort Express」と記されており、苦笑する。経由地が新富士、沼津、御殿場、新松田で、リゾートと呼べるのは御殿場ぐらいであろう。乗客は7割程度で、中央の座席は空席が目立つ。私の隣も空席だった。

 驚いたのは運転手が1名乗務であったことだ。通常、長距離夜行バスは運転手が2名で交代制が一般的だが、「金太郎号」は1名の運転手が休憩をとりながら終点の小田原までハンドルを握るらしい。そのため途中のサービスエリアで運転手が仮眠をする旨の案内もあった。ダイヤもその点を考慮しており、所要時間が他の路線と比べても少々長くなっている。23時に京都を出発すれば、7時には東京へ着いてもおかしくない時間だ。

 京都駅八条口を定刻に発車したバスは、京都東インターから名神高速道路に入る。23時55分に土山サービスエリアで20分間の休憩。これが最初で最後の休憩となる。売店で実家へのお土産を購入し、発車時刻ギリギリまで車外で手足を伸ばしておく。バスに備え付けてある冷蔵庫には、350ミリリットルの「富士ミネラルウォーター」が冷えていた。富士山の玄武岩層を通り、バナジウムを多く含んだ弱アルカリ性のまろやかな軟水とのこと。「ドリーム号」にはドリンクサービスがなかったので「金太郎号」の評価が上がる。

 気が付くと窓の外は明るくなっている。途中、何箇所かで運転手の休憩があったはずだがまったく気が付かなかった。降車客が皆無であったため、新富士駅は通過し、最初の停留所となる沼津駅前に到着。時刻は5時30分で若干の早着だ。新富士駅を通過した影響かもしれない。意外に下車客が多い。久しぶりに見た沼津駅前は整備がされていてすっかり装いを改めている。

 次は御殿場駅前に停車。こちらも沼津駅前と同様に随分と整備がされたものだ。沼津も御殿場も10年以上も御無沙汰なので当然と言えば当然か。駅前にある「ラーメンふじもり」の派手な看板が目立つ。G(ガッツリ)麺というのも気になるところ。御殿場に立ち寄る機会があれば賞味してみたい。ちなみに「ふじもり」の由来は富士山盛りらしい。

 新松田には定刻の7時19分よりも25分ほど早く到着した。新松田で下車したのは私の他には1人だけで、残りの乗客は小田原駅東口まで乗り通す模様。小田原の需要が意外に多い。江ノ電と南海の共同運行する夜間高速バスも昨年12月1日から小田原駅を経由するようになっている。

 小田急の新松田駅は都会的な雰囲気であるのに対して、御殿場線の松田駅はローカルムードたっぷり。待合室には大きな荷物を抱えた旅行者の姿があり、旅情が漂う。しかし、私は両親の迎えの車に乗って、新松田駅を後にした。

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弥生軒♪
弥生軒「唐揚げそば」

 JR常磐線と成田線が分岐する我孫子駅。駅のホームには、立ち食いそば・うどんの弥生軒が店を構えている。駅構内の立ち食いそば屋そのものは珍しくもないが、弥生軒は1931年(昭和16年)から5年間、放浪の画家として知られる山下清氏が働いていたことで知られる。かつて、弥生軒が駅弁を販売していた頃は、駅弁の包み紙に山下画伯の作品を採用していたという。店のカウンターの前に「ぼくがはたらいていた弥生軒のおそばおいしいよ 山下清」の看板に惹かれて、何度か足を運んだことがあったのだが、最近になってこの店の名物が「唐揚げそば(2ヶ入り)」(440円)であることを知り、用事もないのに我孫子まで足を伸ばしてみた。

 時刻は10時30分という中途半端な時間帯であったが、先客が2名おり、その後もお客が立ち替わり入れ替わりやってくる。ただ、わざわざ弥生軒のそばを食べにやってきたというよりも、乗り継ぎや出掛ける前の腹ごしらえといったタイプの人が多く、その風貌からは松戸競輪場へ向かうものと察する。松戸競輪場では3月7日までG1日本選手権が開催されている。

 さて、券売機で「唐揚げそば(2ヶ入り)」の食券を購入し、店のおばちゃんに手渡す。うどんの選択もあるのだが、山下清画伯がそばを推奨しているのでそばを注文。真っ黒い汁と茹でそばは関東独特で、取り立てて美味しいと評するに値しないのだけれども、噂の特大唐揚げはインパクトがあります。1個がフライドチキン並みの大きさで、2個並ぶとほとんど器を覆い隠してしまいます。ただし、唐揚げも冷めていて、惣菜の唐揚げを持ち買ってそのまま食べたような感じ。味よりもボリュームによる話題が先行の弥生軒でした。


 

テーマ:B級グルメ - ジャンル:グルメ





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